第18話 殺人犯

 

 ユークリウットたちは昨日滞在した竜人の村へ到着する。

 村を囲む木々は夕焼けを受けて地面に影を伸ばしていた。

 村の様子を見てユークリウットは顔をしかめた。村内には鮮血が飛び散り、人間の四肢や臓物が地面に散乱していた。周囲に充満する腐臭が目の奥を強烈に刺激する。


「つまりお前は――」

「エスナだ。人の名を呼ばないのは不敬だぞ」

「エスナはこれを俺がやったと早とちりしたわけか」

「だ、だって仕方ないじゃん……」


 エスナは指先同士をこすり合わせて急にしおらしくなる。


「これを実行したのはおそらくマシン・ヒューマンよ」


 キュエリは足元に転がっていた死体の断面を観察しながらそう述べた。


「有り得ません!」

 ミルファが声高に叫ぶ。

「マシン・ヒューマンと人間は同族であり、敵対関係にはありません」

「ミルファ、この死体の断面をよく見て。筋肉繊維が歪んでいるでしょ? 竜人の能力……いわゆる『光の刃』を用いたなら刃の高熱によって筋肉や肌の層を綺麗に斬り落とせる。でも、この死体の筋肉繊維は得物が筋繊維の中で何度も動いて無理やりいだような痕になっている。のこぎりを使えば切ること自体は人間でも可能だけど、この大人数をたった一日で、ましてや骨まで細切れにするなんて芸当はまず不可能」

「竜人がやった可能性は?」

「竜人の身体能力がいくら優れているといっても、彼らは光の刃が使えるのだからわざわざ耐久性の低い鋸なんて使わないでしょ?」

「そうですね。先生の言う通り、この切り口はマシン・ヒューマンが良く使う分子振動させた剣の傷痕しょうこんに似ています」

「でも!」

「ミルファの同族を信じたい気持ちは分からなくもないわ。けど、そういう可能性が極めて高いってことだけは頭に置いておきなさい」


 冷静に感想を述べるキュエリの横で、ミルファは苦悶の表情を浮かべた。


「こんな虐殺の跡地を一人で調査していたなんて心臓が強いんだな」

「研究者なんてそれくらいじゃないとやっていけないから」


 腐臭が漂う中でキュエリは柔らかく微笑んだ。


「暗くなる前にもう少し調べましょう。何か分かるかもしれないわ。私はエスナに同伴してもらうけど、ユークリウットとミルファは一人で大丈夫よね?」

「俺は構わないが」


 ユークリウットは後方を見やる。ミルファは村内に転がる死屍累々ししるいるいを悲しそうに眺めていた。


「放っておけ。マシン・ヒューマンの私でも多少は困惑している。行きましょう、先生」


エスナはキュエリと共に死体が多く転がっている耕作地のほうへ向かった。

ユークリウットはミルファをもう一度見てから、家々が並ぶ村の中心地へ向かっていった。


なだらかな坂の上の左側に食堂が見えた。昨日まで営業していた店も日よけの傘が折れ、客席には真っ赤な血痕けっこんが付着していた。


「こっちは死体が少ないな……」


 ユークリウットは建物群を見回す。人間の死体も転がっていたが、丘の下と比べると死体の数は少なかった。


 昨晩泊まった宿へ入る。戸締り用のかんぬきが外れていたため扉はすぐに開いた。

 受付の奥の壁に大量の血液がへばりついている光景が目に飛び込んできた。

 ユークリウットは机に手をつき、受付の席を覗く。

 昨日麦餅を与えた少女が全身の穴から血を漏らして死んでいた。


「圧殺、か?」

「何か見つかった?」


 キュエリが一人で宿屋の中に入ってくる。受付に両手を置いて机の裏を覗き込んだ。


むごいわね」

「ああ」


 受付から離れた二人は宿の部屋を一つ一つ調べていく。

 どの室内も荒らされた形跡はあったが死体は見つからなかった。


 キュエリは一番奥の部屋へ入る。

「この部屋の寝台だけ妙に攻撃された痕があるわね」

「それ、村の竜人たちが俺を襲った痕だ」

「どういうこと?」

「昨日この村に泊まったんだよ。そして深夜になったら竜人たちに寝込みを襲われた。これ目当てだと思うがね」


 ユークリウットは腰にぶら下げている小さな袋から鉱石を取り出した。


「あと、俺がここへ来る前にミルファが竜人たちに捕まっていたな」

「ミルファが?」

「ヤバイ物を食べて苦しんでいるところを捕獲されたんだと。集落の外れに祠があっただろ。あの中にいたよ。あと、村の外れに変な形の石が集まっている場所もあったな」

「そっち方面はエスナに向かわせたけど、私たちも行ってみましょう」


 ユークリウットとキュエリは窓から外に出た。売り子だった子供たちの死体が転がる商店通りを抜けて、村の裏側にあたる草の多い原っぱで足を止めた。


「こんなところもあったのか」


 ユークリウットが膝ほどまで伸びた草を踏み潰して歩き、わだちをキュエリが通っていく。そうして進んでいくと林の中に年季の入った建物の瓦礫がれきが転がっていた。

「これは古代遺跡ね」

 

 キュエリは表面の風化が著しい瓦礫を見つめていた。


「儀式とかに使う石とかじゃないのか?」

「そういうものの多くは自然の石を流用しているけど、これは『セメント』と呼ばれる生産物よ」

「生産物だと。石を誰かが作るのか?」

「セメントは種類も豊富で一概には言えないけど、そのほとんどは石膏せっこう、石灰石、ケイせき、粘土などの鉱物を高熱で溶かしたあと混ぜて冷却すると、こういった化合物質ができるの。私たちの暮らしで言えばこねて成形した粘土に燃焼と冷却を加えることによって食器や壷を作るようなものね」


 ユークリウットはセメントを触ると表面がパラパラと崩れ落ちた。


「しかし、こんなもの一体誰が何の目的で作るんだ。それに、この大きさのものを作るとなると大きな鍜治場も必要なはずだ」

「そうね。恐竜やドラゴンが闊歩するこの世界では大きな鍜治場の確保は難しい。連盟が使用している武器や防具も小さな炉で造るのが精一杯。でも――」


 キュエリは一度目を瞑り、そしてセメントを見据えた。


「目の前に存在の事実がある。事実は誰にも否定できないからこそ事実足りえる。認めなくちゃいけないのよ。私たち人類は無知であることと、この惑星に先人がいたという歴史を」

「それが古代文明というやつか」

「そう。しかも、このセメントはこの村だけじゃなくて、この世界の至る所で発見されている」

「とういうことは、どこかで大量生産されていたのか?」

「フフ……ユークリウットって勘が良いのね」


 キュエリがふいに笑顔を浮かべる。


「先生、先生!」


 村の方からエスナの慌ただしい声が飛んできた。

 ユークリウットとキュエリは復路を戻る。

 エスナが家々の間から二人の姿を見つけると、圧縮空気を放出して建物を飛び越えた。


「先生。祠の近くて竜人たちが皆殺しにされていました!」

「あー、それ、俺とミルファがやったんだ」

「お前らが? しかし……」

 

 エスナはどこか納得していない様子だった。


「どうした?」

「ここで聞くよりも見たほうが早いわよ。行きましょう」


 夕日が暗みのある朱色を空に広げる中、三人は祠の前に来た。


「これです」


 エスナが注目を促すように手を伸ばす。祠の前には竜人たちの死体が地面を覆い隠すように転がっていた。屍肉性動物に死肉を齧られたのか肉塊や内臓が散らばっていた。

 ユークリウットは竜人たちの死体を眺める。


「異変があるようには見えな……ん?」


 よく観察すると竜人たちの死体が執拗にバラバラにされていることに気付いた。


「ユークリウットたちは昨晩、この竜人共を徹底的に殺害したのか?」

「ここまではしていないはずだが」


 ユークリウットは昨晩のことを思い出す。自分は光の剣しか使っていない。ミルファは分子振動させた剣と銃を使っていたものの、ほぼ一撃で仕留めていた。それが日を跨いだら殺し方が変化している。ユークリウットは言いようのない狂気を感じた。


「地面に落ちている血液量が少ないので、死後にもう一度切り刻んだものと推測します」

「四肢の硬直がまだね。死んでいるものをどうしてここまでする必要があるのかしら」

怨恨えんこんですかね?」

「それか偶発的な部族衝突か。まあ、選択肢だけなら幾らでも考え付くけど」

「斬られた断面はどうなんだ?」

「ほとんどが屍肉性動物に食われていて断定はできんが、おそらく他の死体と同様の手口だと思う」

「奴隷の中にマシン・ヒューマンがいたのかしら?」

「お言葉ですがマシン・ヒューマンの能力を持っているのなら奴隷になどなってはいないと思います」

「人間がマシン・ヒューマンになったという線は?」


 ユークリウットの質問に対して、キュエリは首を振った。


「マシン・ヒューマンの能力の獲得は生まれつきなの。だから、人間がある日突然マシン・ヒューマンになれるわけじゃないのよ」


 エスナはキュエリの話を肯定するように頷いた。


「日が落ちて来たな。どうする?」

「村に残っていた使えそうな物資や食料はこちらで集めておきました」

「頼りになるわね」

「先生のお役に立てて何よりです」

 エスナは照れた様子で頭をかいた。


「ミルファはどうしたの?」

 キュエリが周囲を見回す。


「さっき腕をきりに変形させていましたよ」

「坂の下から何かを掘っていたような音が聞こえていたけど、あれミルファだったのね」

「おい、ユークリウット。彼女を連れてこい」

「何で俺が」

「あなたは彼女と古株でしょ。私とエスナはこの辺をもう少し調べるわ。少ししたら宿屋で合流しましょう」

「受け取れ」


エスナは集めた物資の中にあった洋灯らんぷをユークリウットに放り投げた。


「暗くなるまで遊んじゃダメよ」

「遊ばねえよ」


 ユークリウットは浮かべた苦笑を消して村の中を歩き、丘の下にミルファを見つけた。


「何してんだあいつ……」


 ユークリウットは坂を下りていく。


「あ、ユークさん」


 宵闇が周囲に広がっていく中、全身を泥だらけにしたミルファが平地の真ん中に立っていた。

 平地に等間隔で並ぶ盛り土の上には小さな石と花を咲かせたカタバミが置かれていた。

 ユークリウットは地面に転がっていた死体の大半が無くなっていることに気付いた。


「埋葬したのか」

「はい」

「殊勝だな」

「マシン・ヒューマンの能力を使えば難しくないですよ」


 ミルファは視線を自分がつくった墓地へ移す。


「でも、生まれ持った能力をこんなことにしか使えないなんて笑えますよね」

「泣いてんのか?」

「泣きませんよ。ただ、何をしているんだろうなあって思っただけです。奴隷にされていた人たちを解放したのに保護できなくて。助けられたはずなのにみすみす見殺しにして。こうやって偽善を振りまいて。私は人類の救済を行う救世連盟の連盟員で、すごい力を持ったマシン・ヒューマンです。もっと多くの人を救えるはずなんです。それなのに……」

「過去のことをウジウジ言ってても仕方ないんじゃなかったのか?」

「分かっていますよ……分かってるから、こんなことを言ってるんじゃないですか」

「俺らは宿で宿泊の用意をしている。埋葬が終わったらさっさと来いよ」

「勝手に行きますから放っておいてください」


 ミルファは錐状に変形させた腕で地面に穴を掘り、巨大化させた左手で死体を穴の中に安置する。右足の先を板状に変形させて掘り起こした土を穴に押し戻していく。その作業を繰り返して死体を全て埋めた頃には周囲は真っ暗になっていた。

 ミルファが全身の変形を解き、服の裾で頬についた土を拭い、宿に向かおうと振り向く。


「よお」

 洋灯を持ったユークリウットが岩の上に腰掛けていた。


「待っていたんですか?」

「連れていかないとあいつらに文句言われるんだよ」

「……あなたは、本当に人類の敵である竜人なんですか?」

「敵かどうかはお前らが決めることだろ」

「竜人なら、敵ですよ。敵ですけど……ユークさんは敵なのかと訊(き)いたんです」

「自分以外の存在を色分けしたほうが生き易いよな」

「嫌味ですか?」

「事実だろ」

「……ユークさんとこんなことを話すなんて、ちょっと疲れていますね」

ミルファは宿のほうへ歩いていく。

「キュエリのことだが、どうする。連盟に連れて帰るか?」

ミルファはユークリウットの前に差し掛かったところで足を止める。

「いいえ。隊の皆には悪いけどこのまま別行動を取ろうかと」

「何かするのか?」

「……この地に姉がいるそうなんですよ。幼い頃、親の代わりに私を育ててくれた大切な人。このアリメルンカ大陸にいるかもしれない。姉探し。頭を冷やすにはちょうどいい理由ですよね」


 ミルファは儚げに微笑む。目元には涙が薄らとたまり、視界は少しぼやけていた。


「いいんじゃないか」

「え……」

「生きてる途中、たまにはそういうことを考えてもいいんじゃないかって言ってるんだ」

「ユークさんは……たまにユークさんじゃなくなりますね」

「今のミルファと一緒だよ」

「そうですか」


 竜人に一緒だと言われたその言葉をミルファはすんなりと受け入れた。

 二人は墓地になった平地を背中に宿屋へ向かっていく。


「ねえ、ユークリウット」

 宿屋の前にいたキュエリは神妙な面持ちで口を開いた。

「今すぐこの村を出ましょう。ここに留まるのは少し危険だわ」



 四人は休む暇もなく村を後にした。



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