第17話 キュエリ博士のアリメルンカ道中記
光の剣を両手に構えたユークリウットが林の中を疾走する。
女は体の各部につくった空気孔から圧縮空気を放出し、木々を蹴って林の中を無軌道に飛び回る。
女は剣の形に変えた左手を分子運動させて、ユークリウットの胴体を狙う。
――キィン!
ユークリウットは光の剣で女の攻撃を弾くと、反転しながら斬りかかる。
女は両足の空気孔から圧縮空気を放出して急な方向転換を行い、林の裏へ飛び込んだ。一撃を加えて即座に離脱し、林の中を動き回ってかく乱する。
「戦い慣れてやがる。それに変形機構も複雑だ。高位のマシン・ヒューマンって奴か?」
木を蹴る音がふいに止む。
――ガキン!
空から降ってきた女がユークリウットの脳天を狙うも、光の剣で攻撃を防がれる。
ユークリウットが返す刀で反撃を行うも女はすぐに木々の裏に隠れた。
「埒が明かないな……こちらから――ッ⁉」
ユークリウットは足元に妙な気配を感じた。
林の奥から伸びていた紐のような線が急加速してユークリウットを狙う。
「くっ!」
ユークリウットは上半身を
「体の一部を変形させて離れたところから攻撃……マシン・ヒューマンはこんな戦い方もできるのか」
新たに線が出現し、分子運動を起こしながらユークリウットに襲いかかる。
ユークリウットが前後左右に跳んで襲来する線をかわしていく。
線の一つが近くにあった分厚い岩に衝突して穴を穿った。
「
「中々しぶとい」
林の中で女の声が反響する。
「お互い様だ――!」
ユークリウットは両足に淡い光を宿すと、女の声が聞こえた方向に飛び込む。
女が林の中を高速で動いて撹乱をはかる。
「なめるな!」
ユークリウットは五感に神経を集中させて女を執拗に追う。木々を蹴って女が通った軌道を辿り、黒髪を視界に収めると、斬撃を叩き込んだ。
「――っ!」
女も左手の剣で応戦する。剣同士が激しくぶつかり、火花が散った。
剣戟の衝撃で女の体がふわりと浮き上がる。
ユークリウットは右手の光の剣を巨大な槍に変化させて、態勢を崩した女に突きを放った。
女は右手を鍋のような半円型に変形させて、槍の矛先をずらす。
攻防の合間に一瞬の間隙が生まれると、両者はそれぞれの得物ですかさず斬撃を放つ。得物同士が空中で強烈にぶつかった。
両者が地面に着地すると、互いに距離を取って間合いをはかった。
「芸達者だな」
「お前も竜人のくせに得物をあれこれ変えてくる。アリメルンカの竜人は小器用なんだな」
「俺はジアチルノイア育ちだよ」
「何?」
女がふいに構えを解いた。
「竜人は縄張り意識が強く、食糧危機のような外圧が発生しないとまず移住しない。ましてや、大海を渡って他の大陸に移る竜人など聞いたこともない」
「随分と竜人に詳しいのな」
「お前は何者だ?」
「それはこっちの
「私は……」
「はいはい、そこまでー」
女性の声が空から聞こえた瞬間、ユークリウットと女の間にミルファが抱きかかえた小柄な女性と共に降ってきた。
小柄な女性は視線をユークリウットに向けつつ、片手を女の方へ向けた。
「彼女はエスナ=エスプラティス。連盟を脱退した容姿端麗、博覧強記のマシン・ヒューマンで私の助手よ」
小柄な女性は顔と手の向きと逆にする。
「こっちの竜人はユークリウット=ローヴェル。ジベス=ローヴェルを養父に持ち、あのニュエルホンの生き残り。エスナも聞いたことがあると思うけど、ジアチルノイア大陸でドラゴンを殺して回っている
「ジベス=ローヴェルに……ニュエルホンだと?」
女――エスナ=エスプラティスは驚いた様子でユークリウットを見た。
「ところであんたは誰なんだ?」
「無礼な。その方をどなただと思っている!」
エスナが激しい剣幕でユークリウットを怒鳴りつけた。
「誰か分からんから聞いたんだよ。お前、大丈夫か?」
「あ……」
エスナの表情が一転して、恥ずかしそうに俯いた。
「彼女よくトチっちゃうのよ。可愛いでしょ?」
小柄な女性がユークリウットに近づくとニコリと微笑んだ。
「先生、危険です。早く離れて!」
「大丈夫よ。彼、優しい目をしているから」
「……俺は竜人だぞ」
「だから何?」
「は?」
「どんな歴史があろうが、どんな感情があろうが、竜人も人間も、同じ五本指の手を持っている人類に変わりないじゃない。なら、握手だってできるでしょ。はい、握手」
小柄の女性はユークリウットの手をおもむろに握ると勢いよく上下に振った。
ユークリウットは困惑する。この世界において竜人と人間の関係は非常に悪い。それでも竜人に近づく人間がいるとすれば、それは人の尊厳を長らく踏みにじられた歴史を知らぬ子どもか、種族の感情を超越して友好を築こうとする異端者。
「……何者、なんだ?」
「私の名前はキュエリ=フェイプライン。あなたと連盟が探している人物よ」
肩まで伸びた栗色の髪。小さく整った輪郭と薄い唇に、好奇心溢れるクリッとした双眸。底の厚い編み上げ靴を履き、使い古された絹の外套を纏うその身は子どものように小柄だが、胸だけは発育がよかった。
「俺より年上らしいが随分と小さいんだな」
「誰が小粒だ。言ってみろ!」
エスナがユークリウットの胸倉を捻りあげる。
「いや、そこまで言ってねえよ」
「ね。面白いでしょ?」
「俺は面白くねえよ」
「ユークさんも変なのに絡まれて大変ですね」
「同情するくらいならてめえの性格直せ」
「何だと貴様」
エスナの右手に力が更に加わる。
「お前に言ったんじゃねえ」
「じゃあ、私に言ったってことですか? ユークさん最悪ですね。えい、えい!」
「蹴るな!」
「フフ、バカばっかり」
キュエリは騒ぐ三人を愉快げに眺めていた。
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