第14話 さらわれるお姫様


「あなたはどこまでアホなんですかユークさんっ!」

 太陽が中天に差し掛かった陰樹林の中でミルファが怒鳴った。


「ドラゴン退治に協力してくれたことは感謝されてあげましょう。ですが、何で私をさらったんですか。私は美人ですがお姫様ではないのですよ」

「あんなところにいるのは止めろよ」

 大樹の枝先に立っているユークリウットはぶっきらぼうに言い放った。


「連盟員が竜人と一緒にいることのほうがよっぽど問題です」

「あいつらに利用されているって気付いているのか?」

「組織に属していれば気に食わないことをやらなきゃいけないことだってあります」

「ミルファがそんな協調性を持っているなんて意外だ」

「個人主義で放蕩ほうとうしているユークさんとは器からして違いますから」


 ミルファが身を翻す。


「どこへ行くつもりだ?」

「昨日の村へ行って奴隷にされていた人たちを助けます」

「個人主義を否定する癖に隊へは戻らないのな」

「ユークさんはいっつも一言多いですね」

「お前だってあいつらを気に入らないって思っているんだろ」

「ユークさんはやけに私と隊を離れさせようとしますね。そんな口説き方じゃ虫すら振り向いてくれませんよ」


 ミルファは跳ぼうと足に力を入れる。

 だが、膝がガクッと曲がってその場にへたり込んだ。


「お腹すいた……はぅ」

 ミルファの肩がダラリと下がる。


 ユークリウットは背負い袋の中から包みを取り出してミルファに投げる。中身は麦餅パンだった。


「フン。ユークさんの施しなんて受けませんよもぐもぐ」

「麦餅食いながら言ってんじゃねえぞ」

「水ください」

「てめえ……」


 ユークリウットは植物を加工した水筒をミルファに渡す。


「大地の恵みに感謝します」

「俺に感謝しろ」

「感謝を要求とか図々ずうずうしいですね」

「こいつぶっ飛ばしたいな……」

 ユークリウットは拳を握ったが、理性が必死に自制を促した。


「お腹も満たされたことですし行ってきますね。ユークさんはどうします?」

「ついて行くよ。ミルファに聞きたいことがあるからな」

「はあ、そうですか」


 ミルファは空中に跳んだ。両手足が変形して空気孔をつくり、そこから吸気した空気を体内で圧縮しては放出を繰り返して木から木へ跳躍を繰り返す。

 両足が淡い光で包まれたユークリウットも移動するミルファを追って地面の上を進んでいく。


「なかなか速い」

「ユークさんこそよく付いてこられますね。私、鬼ごっこで捕まった事が一度も無いのに」

「木の実を拾い食いして捕獲されたことはあるのにな」

「ユークさんが恐竜に食べられそうになっても私は助けませんからね」

「一人でなんとかするさ」


 ――陰鬱と生い茂る樹林の奥で瞳が鋭く動き、木の上を移動している二人を見た。


 葉が茂る枝の上で足を止めたミルファが小さく息を吐いた。

「やっぱり長距離移動は苦手です」


 ユークリウットはミルファがいる枝よりも一つ下の枝に着地すると、担いでいる袋を背負い直した。


 ――草木を踏み潰す音が静かに響く。足音の間隔は次第に早まっていく。


 あっ、と、ミルファが間の抜けた声を漏らす。

 樹林の中から突如現れた全長九メートルの肉食獣脚類恐竜トルヴォサウルスがユークリウットを瞬く間に口に含んだ。


「……見なかったことにしましょう」

「待てよ」


 トルヴォサウルスの前頭骨を覆う皮膚が切り裂かれて血液の噴水が上がる。

 開いた切創の奥からユークリウットが這い出るとミルファの横に飛び移った。


「臭い、臭いですよユークさん」

 ミルファが鼻を摘み、恐竜の血液まみれになった隣人から遠ざかる。


「オアアアアアアアアッ!」

 激痛に悶えるトルヴォザウルスは地面を激しく転げまわり、周辺の木々を倒した。


「黙らせるか」

 枝葉から飛び降りたユークリウットは右手の先から光の大剣を出現させてトルヴォサウルスの腹部を突き刺した。トルヴォサウルスが串刺しの状態から逃れようと四肢を暴れさせるが、程なくして息絶えた。


「危うくトルヴォサウルスの餌になるところだった」

 光の大剣を消失させたユークリウットは安堵の溜め息を吐く。


「何ですかそのトルヴォなんとかって?」

 膝を曲げて真下を眺めるミルファがそう質問した。


「恐竜の名前だよ。恐竜の分岐群ぶんきぐんの中にスピノサウロイデアという分類があるんだが、その分類は基盤的なスピノサウスル類と、特殊化したメガロサウルス類の二種類に分かれていて、あのトルヴォサウルスはメガロサウルス類に属する大型おおがた獣脚類じゅうきゃくるいなんだ」

「何を言っているのかサッパリです。呪文ですか?」

「……そうだな。一般人には恐竜学なんて分からないからな」

「その言い方はまるで私が無知みたいじゃないですか」

「実際知らないだろ?」

「初めて聞いた話題だから勉強してないだけです」

「へえ。それじゃあこれから勉強するっていうの?」

「ユークさんが心の底からこいねがうならやってあげないこともないですが」

「そうか……なら、いつか教えてやるよ」

「な、何かいつもと態度が違いますね……」


ミルファはどこか嬉しげだったユークリウットをいぶかった。


「そろそろ行くか?」

「その前に体を洗ってください」

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