第13話 ドラゴンキラーたる所以

「はああああっ!」

 ユークリウットは両手に出現させた光の剣でアースドラゴンの首筋を斬りつける。


「無茶だ!」

 アースドラゴンの硬さを知っていたフィザが思わず叫ぶ。


「ここなら!」


――ザシュッ!


「グギャアアアアアアアアアッ!」


 ユークリウットは右手の剣でアースドラゴンの首の内側を斬った。

「ここだけは皮膚が薄いからな」

 アースドラゴンの土色の色素が薄い首筋から鮮血があふれ出た。


 身を翻したユークリウットはすかさず追撃を仕掛ける。

 アースドラゴンの前足がユークリウットをドン、と蹴り上げる。

「ぐあっ!」


 後方へ吹き飛んだユークリウットに土色の突起物が放たれる。

――ガン! ギンッ! ガキィン!

 ユークリウットは両手の剣で向かってくる突起物を叩き落しながら着地する。

 

 林の中でユークリウットとアースドラゴンが一定の間隔を保って睨み合う。

 ミルファが低空を跳躍してユークリウットの隣にやってきた。


「大丈夫ですかユークさん」

「ふふ……」

「きゅ……急に笑い出すなんてどうしたんですか?」

「こっちの大陸の方が桁外れに大きいからな。嬉しくもなる」

「嬉しいって……下手したら殺されるんですよ?」

「必死な方が見えてくるものもあるだろ」

「ダメですね、頭がいかれてる……」


 アースドラゴンが姿勢を低くする。

 首を縮ませて、顎を地面に置いて傷口を隠した。


「あいつ防御態勢になりやがった」

「防御態勢?」

「防御力の高い草食恐竜やアースドラゴンがよくやる戦法だ。身の危険を感じたら逃げるのではなく防御を固めて敵をジッと凝視するんだよ」

「恐竜やドラゴンについて随分と執着があるようですね」

「親父の影響でな」

「それで、どうすればあれを倒せるんですか?」

「ドラゴン種の中でも硬い皮膚を持つアースドラゴンが専守してるんだ。機を見て逃げるのが一番だぞ」

「連盟の隊が近くにいるんですよ」

「俺は全滅しても構わんけどな」

「私が防御を崩します。ユークさんはその後に追撃してください」

「竜人を信用しすぎじゃないか?」

「私はユークさんに言ってるんですよ。怖いなら逃げても構いませんが」

「フン……俺が先に行くから追撃はお前がしろ」

「お前じゃなくてミルファだって言ったじゃないですかこの鳥頭」


 ミルファが銃になっている右腕をユークリウットに突きつける。


「はいはい。それじゃ――行くぞ!」


 ユークリウットは淡い光に包まれた両足で駆け出す。

 凄まじい速度でアースドラゴンとの距離を一気に詰めた。

 虚を突かれたアースドラゴンは縮めていた頭部をビュンと伸ばして攻撃した。

 地面を蹴ったユークリウットは勢いそのままに空中で弧を描く。アースドラゴンの頭部とすれ違う瞬間、左手から伸びる光の剣が鶏冠の手前にある鼻筋を斬った。

 大きく開いた傷痕から大量の血が噴き出す。

 

 中空で反転したユークリウットは後方を見やる。追撃の合図を告げようとしたが、ミルファは圧縮空気を使ってすでにアースドラゴンへ突貫していた。


 ミルファは激しい分子運動を起こす左手の剣で、アースドラゴンの首の内側をぶった斬って着地すると、右腕の二連式拳銃で切創部分を何度も撃つ。

 アースドラゴンの首が被弾する度にビクンと跳ねた。

 

 跳躍したユークリウットが光の剣でアースドラゴンの右目を突き刺した。

 ブチュウと耳障りな音が鳴り、赤く濁った水沫すいまつが飛び散る中、すかさず首筋に移動して、ミルファが刻み込んだ切創に両手を突っ込んでぶら下がる。

「はああああああああああああっ!」

 切創を全力で左右に開く。肉と血管がブチブチと断絶して、ぱっくり開いた首の下から大量の血液が漏れた。

「死ね」

 ユークリウットは右手の剣で、過呼吸になっていたアースドラゴンの胸を何度も突き刺す。

 土色の巨躯が大きな音を立てて倒れた。


「……これが竜殺しの戦い方」

 ミルファは強者に淘汰とうたされるのがこの世界の理だと理解する一方でユークリウットのドラゴンに対する執拗な追い討ちに一抹の恐怖を感じた。


「あの、ユークさん」

「何だ?」

「鼻を攻撃されて叫んでいたけど、あそこが弱点だったんですか?」

「ああ。アースドラゴンは頭部で攻撃をすることが多いが、正確にはあの頑強な鶏冠だけを使っていて、鼻っぱしらはそれほど硬く発達してないらしい」

「ドラゴンの生態なんてほとんど知らないのが常識ですけど、それを詳しく知っているなんてユークさんのお父さんは何者なのですか?」

「生物の研究に傾倒していた元学者だ。故人だがな」

「でも、連盟の皆を守れてよか……」


 ミルファの顔色が急に青ざめると、その場に倒れた。


「おい、ミルファ」

 ユークリウットはミルファを起こそうと手を伸ばす。


「そこまでだ、竜人!」

 威圧的な声がその場に響く。武具を装備した救世連盟の連盟員たちが林の中から姿を現した。各々が得物を握ってユークリウットを半円状に囲む。その中にはフィザもいた。

 人垣の奥から純白の外套を着たニドが衛兵と共に前へ出る。


「手負いの同胞に手をかけようとするとは何たる非道。前列、構え!」


 槍兵が槍を構えて、その後ろに待機する弓兵たちが弓を引き絞る。

 立ち上がったユークリウットは腹の底から嘆息を吐き出した。


「非道だと。お前ら、林の中でドラゴンが倒されるまで待っていただろ」

「ぬ……」

「危険な事は他人に任せて旗色が良くなったらのこのこ出てくる。それが同胞のやる事か?」

「竜人風情が偉そうに!」

「偉ぶっているのは連盟のほうだろう。それともマシン・ヒューマンはお前ら人間にとっては使い捨ての奴隷なのか?」


 連盟員たちの中でざわめきが生まれる。その中でもマシン・ヒューマンは特に動揺していた。


「ミルファ・フォーレンは上位のマシン・ヒューマンであり、その並外れた能力から連盟の一大戦力と呼ばれる存在。我らが戦に介入すれば足手まといになると判断しただけだ。そもそも奴隷を従えるのはお前のような下賤げせんな竜人がすることだろう!」

「そうだ、卑しい生物め!」

「竜人は人類の敵だ。殺せ!」

「滅びろ竜人!」


 連盟員たちが罵声を発する。動揺していたマシン・ヒューマンたちも膨れ上がった怒気に飲み込まれ、ユークリウットに対して再び侮蔑の視線を向けた。


「かかれ!」

 男の合図を皮切りに無数の弓矢がユークリウットに放たれる。

 槍を持った連盟員たちが雄叫びをあげて地面を蹴った。


「あんな奴らを守りたいのかよ、お前は!」

 ユークリウットは光に包まれた右の拳で地面を殴につける。舞い上がった土塊つちくれが飛来してくる弓矢への防壁となり、突貫してくる連盟員たちの視界をさえぎって進路を妨害した。


 土塊が全て落下する頃にはユークリウットとミルファの姿が消えていた。


「あそこだ!」


 弓兵の一人が指差した樹木の頂点にはユークリウットがミルファを脇に抱えて立っていた。

 三人のマシン・ヒューマンが圧縮空気を使って空を跳ぶ。その先頭を飛ぶフィザは大剣に変形させた右手でユークリウットに斬りかかった。


「汚い手でミルファさんに触るな、竜人!」


 ユークリウットは斬撃が届く寸前に陰樹林の中へ背中から落ちた。


「自殺か?」

 フィザは呆気にとられた。身体能力が優れた竜人とはいえ背面からの落下は投身にしか見えなかった。だが、陰樹林の中を何かが駆け抜けていく音が聞こえると、やられた、と叫んだ。


 フィザも陰樹林の中へ飛び込む。逃げるユークリウットを必死に追いかけるも、光に包まれたユークリウットの健脚は見通しの悪い林の中でも加速を続け、追いつくことは叶わなかった。



 ユークリウットは木々の幹を蹴って林の中を進んでいく傍ら後方を一瞥した。

「辛いときに助け合おうとしない分際で仲間を語るな」

「ん……」

 意識を取り戻したミルファが薄らと目を開ける。

 おぼろげな意識の中、視界には苛立っていたユークリウットの表情があった。

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