第11話 マシン・ヒューマンの戦い


「どういうことですか!」

 湖畔のほとりに設けられた幕屋の中でミルファの怒声が響いた。


 天然木の梁と厚手の織布で形成された薄暗い空間。花の模様をしつらえた長机の向こう側には純白の外套を身にまとったニドと二人の男が渋面を浮かべていた。


「今しがた説明したとおりだ、ミルファ=フォーレン。このアリメルンカ大陸編成隊にはマシン・ヒューマンが君を含めて三十一人しかいないのだ。戦力は割けん」

「フォーレンの報告を聞くと件の村には百人前後の人間がいて、荷車で連行されたのは数十名。こちらも先ほど百人近くの人間を保護したばかりだ。これ以上は隊の食料が危うくなる」

「食料なら現地調達を行えば済む話じゃないですか」

「いいか、よく聞け。一カ月前、我々は船に乗り大海原を渡航した。ここは慣れ親しんだジアチルノイア大陸ではなく、新大陸アリメルンカだ。我々はこの大陸に足を置いてから日が浅く情報も少ない。不用意な行動は避けるべきだ」

「フォーレンも渡航の荒波を忘れたわけではなかろう」

「救世連盟は三百年も前に設立された人が人を助けるための組織です。それなのに、目の前で困っている人たちを助けずして何のための組織なんですか!」


 ミルファが叫ぶと男たちは不機嫌そうに目を合わせる。


「誰も助けないとは言っていない。今の我々は作戦行動中の身だ。我々が任務を完遂しなければ他の連盟員たちにも迷惑がかかるのだよ」

「その任務とは連盟の教義を置き去りにしてまで遂げなければいけないことですか?」

「そう熱くならずに」


 長机の隣に立っていたフィザがミルファを制する。


「人を見捨ててまで遂げなければならない任務って一体何ですか。そもそもアリメルンカ大陸に渡ったのは救世連盟の伝導のためと聞きましたが、行っていることは違いますよね?」

「それは連盟の機密事項だ」

「あなたたちはいつから政治団体になり下がったんですか?」

「ミルファさん」


 フィザは難しい表情で頭を振った。


「では意見を変えます。くだんの村をこの隊の駐屯地にしてください。竜人たちから解放された人たちにとって大切なのは同族の私たちが傍にいるという事実です。それに、現地人と接触することでアリメルンカの情報不足を補うこともできます。これなら不用意な行動ではなくなりますよね?」


 ミルファは苛々を押し殺しながら男たちに進言した。


「君の言い分は分かった」

「なら、今すぐ行動を」

「却下だ」

「なっ……」

「先ほども述べた通り、我々は作戦行動中の身だ。我々がこの新大陸に渡航するまで多くの資財が投入された。連盟が人の救済のために戦っているのなら、我々もまた、この旅が人の救済に繋がると信じて戦っているのだよ」

「左様。今日の作戦のために命を犠牲にした仲間も数多く、また、我々の吉報を望む仲間も多い。今の我々は仲間の尊厳を守る弔いの最中なのだ」

「死んだ人たちを理由にして!」

「口を慎め!」

「いーえ、慎みませんよ。助けられる人たちがいるのに、助けないことを選択するのは連盟員にあるまじき行為。悪逆非道を繰り返す竜人と何ら変わりないものです!」


 ニドが長机をバン、と叩いた。


「いい加減にしろ。マシン・ヒューマンと普通の人間では無理の限度が違うのだよ!」


 その言葉を聞いてミルファは雷にうたれたように静止した。


「とにかく隊としての方針は変わらん。以上だ」

 そう言ってニドたちは足早に退室していく。


 呆然と立っていたミルファがグッと唇を噛んだ。


「……マシン・ヒューマンだって普通だもん」

「ミルファさん……」


 フィザが困惑する表情を浮かべる。

 ミルファは俯いたまま部屋から出て行った。

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 幕屋から少し離れた林の中でミルファは湖面をぼうっと眺めていた。

 鎧を身にまとった数人の男たちが湖の縁にやってくる。

「保護した連中、八十六人だってよ」

「多いなぁ。俺らの食料大丈夫かね?」

「助けた村から食料を調達したけど期待したほどはなかったらしい」

「うーん、助けてよかったのかね。俺たちってドラゴンに襲われないようあえて山間部を進んでいて、たまたま竜人の村に遭遇しただけだろ」

「そういやさ、この隊ってどこ目指しているんだ? ずっと南下しているけど」

「さあ? でも、数百人の連盟員が一ヶ月かけて大海を渡ったんだ。何かしらあるんだろう」

「結局はついていくしかないからなぁ。俺ら人間は連盟から抜けたら恐竜の餌か竜人の奴隷にされる人生しかないからな」

「いいよなあ、マシン・ヒューマン。普通の人間とは違うから」

「そろそろ行くぞ。小便していたら置いて行かれたとか笑えねえ」


 ミルファは膝を抱きかかえると目を瞑った。

「……普通ってなに? 私たちは人間とそんなに違う? これじゃあまるで――」

 ミルファはそこで口をつぐむ。

「私、よく分かんなくなってきたよ、お姉ちゃん……」

 頭の中では幼少期の頃の記憶がふいに蘇った。


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「私の体、ちょっと変。変な形になる」

「変じゃないよ。それがマシン・ヒューマンの特性なんだから」

 銀髪の美しい女性が幼いミルファを諭す。

「とくせい?」

「生まれながらの性質ってこと。私たちも顔のつくりとか一人一人違うでしょ。それと一緒」

「じゃあ変じゃないね。私もみんなと一緒!」

「そうそう。マシン・ヒューマンと人間はみんな一緒だから」

「お姉ちゃんがそういうなら間違いないね。お姉ちゃんは博士さんなんだから!」

ミルファは満面の笑顔を浮かべると立ち上がった。

「私もこの特性でみんなの役に立ちたい。困っている人をもっと助けたい。私もお姉ちゃんのようになりたいの!」

 ミルファがそう言うと、女性はミルファのことを優しく抱きしめた。

「ミルファは優しいね」

「お姉ちゃん……?」

「ミルファなら本当にこの世界を救えるかもしれないわね」

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「お姉ちゃん……私……」


 ミルファはハッとすると頭をブンブンと振った。


「自分に何ができるか考えて行動する……私が……この世界を救うんだ」


 ミルファは立ち上がる。

 頭上を覆う梢の向こうには清々すがすがしい青空が広がっていた。


「隊が動いてくれないなら私が村の人たちと救済しなきゃ。私なら……できる!」


 ふいにぐうぅ、と腹の虫が鳴る。

「はぅ……」

 ミルファは視線を周囲に巡らす。だが、食べられそうな物は見つからなかった。

「……あそこはもういいや」

 

 ミルファは幕屋に背を向けると森の奥へ進んでいく。

 腰の高さまで伸びた草むらを掻き分けて進んでいくと小川にぶつかった。

 ミルファは小川を覗き込む。葉っぱや微生物が水中に混ざっていて飲料には適さない水質だったが、顔を躊躇なく沈めた。鼻の穴から気泡がブクブクと漏れ出し、口は川水を少しずつ吸引する。


「ぷはっ」

 川水の冷たさがミルファの顔面を赤く染めた。

「意外と美味しい」

「お腹壊しますよ」

 フィザがミルファに手巾を差し出した。


「使ってください。髪が塗れていると風邪をひきます」


 フィザが微笑む。垂れ目で優しそうな印象を受ける黒色の瞳。健康的な肌色と線の細い中背。波がかった銀色の髪が僅かな木漏れ日を浴びて輝いていた。


「ありがとう、ヒザガ=イターイさん」

「フィザ=ガイティです。どうしてこんな所にいるんですか。隊の者は出発準備を始めていますよ?」

「ごめん、私はもう隊に戻らない」

「考え直してください。人間奴隷を救うにしても組織にいた方が都合も良いです」

「総長たちに連れ戻してこいって言われた?」

「家族を大切に思うのは当たり前のことですよ」

「私はまだ義妹じゃないけど」

「……そうですね。リセリアは僕と結婚する前に蒸発しましたからね」

「お姉ちゃん……」


 風が木々の葉を揺らす音が響いた。


「七年前、僕とリセリアは婚約を誓いました。けど、その後に『リセリア事件』が発生し、それ以降、僕は彼女を発見できていない……でも、最近になってようやく手がかりを得たんです」

「それがアリメルンカの渡航理由?」

「はい。アリメルンカからジアチルノイアに来た渡来人の中に、リセリアの特徴に似た者を見かけた方がいました。そういうミルファさんこそリセリアの手がかりを求めて海を渡ったのでは?」

「……私は違うよ」

「リセリアに会いたくないのですか?」

「できることなら会いたい。でも私は連盟員で多くの人を助けることが使命だから」

「勿体無い」


 フィザは頭を大きく振った。


「優れたマシン・ヒューマンであるミルファさんの力が人間の保護活動だけに使われるなんて絶対に間違っています。マシン・ヒューマンの力はもっと大局に使われるべきです。人類の上に立つことが相応しい方なのですよ、あたなは」

「私は立場なんていらないし、誰かを助けることに大局も無いよ」

「分かってない。あなたは自分がどれだけすごい存在なのかをまるで分かってない。優れた者が頂点に立って指揮を執る。それが組織の、いや、理性ある生物の正しき姿であって、ミルファさんのような優れた方が他人に使われるなんて持っての他です」

「それは竜人がやっていることと同じだと思うけど」

「違います。優れた統治者がいることで他の者は己の価値を知り、統治の下で立場を自然的に形成するという話です。それなら竜人のような自己中心的な存在は生まれないでしょう」

「私がその統治者になれと?」

「もしくは正しき統治者の礎になるか、です。そうすれば少なくとも幕屋の中で威張っている人たちに難民の救援要請を却下されないようになりますよ」

「それは……」


 熱弁をふるっていたフィザが息を小さく吐くと、優男の顔に戻った。


「……少し言い過ぎましたね、すいません。ただ、忘れないでほしいんです。僕のような下位のマシン・ヒューマンにとって、ミルファさんのような上位のマシン・ヒューマンは尊敬の対象であることを。そんな方が小間使いのようなことをしているのは悲しい気持ちになります」

「もういいよ。ヒザガ・イターイ君の言いたいことは分かったから」

「フィザ・ガイティです」

「……確かに組織は大切だね。もう一度隊長たちに掛け合ってみる」

「ご一緒します」


 ミルファは未使用の手巾をフィザに返すと獣道を歩いていく。


「ところで隊の目的って何か知ってる?」

「隊の一部隊長でしかない僕には全容は分かりかねますが、伝導以外の目的を持って行動していることは事実です。直近で言えばキュエリ=フェイプライン博士の失踪事件がありましたが」

「少し前に連盟を脱退した天才博士だよね。本部の人たちがすごく慌ててたのは覚えてる」

「正確には連盟の学術部考古学科の科長を務め、連盟の頭脳とまで言われていた方ですが、二ヶ月ほど前に助手のマシン・ヒューマンと共に姿を消したそうです」

「アリメルンカ行きの人員を募集した頃とほぼ同時期……でも、人一人探すためだけに派遣部隊を編成するとは思えないけど」

「あくまで一例です。ただ、この大陸に来てから人の捜索に割と人員を割いているんです。隊のマシン・ヒューマンがかり出されるくらいに」

「私はそんな話聞いてないけど」

「ミルファさんはいつも独断で先行するので話が伝えられてないのかと」

「なるほど、なるほど……」

「そういう行動は慎んでいただければ少しはこちらも――」

「よけてっ!」


 ミルファは絶叫と同時に空へ跳ぶ。

 フィザもすかさず真横に飛び込んだ。


 二人が先ほどまでいた地面が大きく

 

 ミルファの右腕が二連式の銃に変形する。両足や背中に空気孔をつくると、体内で圧縮した空気を放出させて更に上空へ跳んだ。


 

 全長五十メートルの巨大なドラゴンが巨木を踏み潰して出現した。

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