第9話 マシン・ヒューマンの少女


 空に薄らとした青色が混ざり始めた明け方。

 ユークリウットとミルファは山のふもとに辿り着いた。

 勾配の緩やかな草原。近くには小川があり、山頂から流れてくる水の音が二人の耳に涼やかな音を届ける。遠くに見える山の頂には湿潤な大地には似つかわしい白雪が広く残っていた。


「この辺に連盟の仲間がいるのか?」


 ユークリウットは少し離れたところで屈んでいるミルファに尋ねたが、返事はなかった。


「おーい」

「聞こえていますよ。探し物をしているので少し黙っていてください」

「探し物?」

「連盟の機密事項ですから教えられませんよ。えーっと、硝子、硝子……」

「硝子がどうしたって?」

「何故それを!」

「やべーなコイツ……」

「……こほん。バレたからにはしょうがないですね。連盟は隊の拠点を移動させる際、特殊な硝子細工を目印として道に置いているんです」

「拠点を移動させるのか」

「外敵が多いですし、連盟に加盟しているマシン・ヒューマンの数も連盟員の総数に比べれば少ないですから、竜人と違って一つの場所に落ち着けないのは致し方ないことです」

「ドラゴンや恐竜には餌にされるわ、竜人には奴隷にされるわ、動物一頭倒すのに大人数で攻めなきゃいけない。まあ、大変だよな」

「竜人が自分たち以外の人類種に興味を示す何で驚きです。ユークさんって人に対して理解があるんですね」

「悪いか?」

「とっても良いことだと思いますよ」


 草むらの隙間からのぞいたミルファの表情は柔らかだった。


「とにかく硝子細工を探し出せばいいんだろ。手伝ってやる」

「仕方ないですね。お願いされましょう」


 二人は手分けして草むらを掻き分けていく。


「なあ、お前」

「ミルファですよ。いい加減、覚えてください」

「ミルファ。人間、マシン・ヒューマン、竜人が一つの村に集まって共存できると思うか?」

「藪から棒になんですか?」

「いいから答えろよ」

「無理ですね。人間と竜人の間には明確な力関係がありますから」

「確かに埋められない能力差はある。でも、種族としては三者とも同じ人類だ。共通骨格、共通言語、共通精神。同じ部分は多い」

「それでも共通部分を大きく隔てる強烈な差別はあるじゃないですか。共通精神とやらがはぐくむ形で」

「マシン・ヒューマンと人間は仲良しじゃないか」

「人間とマシン・ヒューマンは同じ種類の人たちですからね。それに、能力差はあってもマシン・ヒューマンは竜人のように高慢こうまんではないですし」

「種類なんてものは救世連盟が勝手に謳っていることだろ」

「連盟には研究機関が幾つかあって長年の研究をもとに導き出した結論なのでユークさんが言うほど出任せではないですよ。特に生物学は彼の天才ジベス=ローヴェルやキュエリ=フェイプラインさんが専攻していた分野ですし」

「あの人懐っこい男が天才ねえ……」

「何か言いましたか?」

「……まあ、俺には連盟の連中が竜人を一方的に憎んでいるようにしか見えんがね」

「ユークさんこそ昨日の村を見て人類三者が共存できると思っているんですか?」

「思っていたというより実際に共存をしていたんだよな……おい、あったぞ」


 ユークリウットは硝子の破片を手に取ると、小走りでやって来たミルファに渡す。

 馬の形を模した硝子細工は青色の染料が塗られていた。


「それで何か分かるのか?」

「ええ。青色の馬は『東に向かった』という意味です」

「じゃあ行くか。ところで、また俺が背負わされるのか?」

「進行速度を考えるともうすぐ連盟の拠点の警邏けいらもいるはずです。竜人におんぶされているところを見られたりしたら私もただじゃすみません」

「怖い、怖い」

 ユークリウットはおどけるように肩を竦めた。


 ミルファは屈伸運動を行った後、背伸びをした。

 ミルファの四肢の表面に光の線が一瞬はしる。両腕と脹脛ふくらはぎの側面が小さく膨らむと表面に縦穴の空気孔くうきこうを数個作り出した。助走をつけて空へ跳ぶと同時に、空気孔から勢いよく放出された熱を帯びた空気が推進力となって空中を跳ぶ。体に受ける強風で目が潰れないよう眼球の外層を作り変えて薄い皮膜を足す。そうして空中をしばらく進むと、空気を逆噴射して速度を緩めながら大地に着地する。空気孔から吸気し、体内にある回転子かいてんしを高速で回して空気を熱しつつ圧縮させ、先ほどと同じ要領で空中を跳躍する。


「マシン・ヒューマンが体の各部を意のままに操ることができるのは本当らしいな」


 淡い光に包まれた両足で草原を走るユークリウットはミルファを眺めながらそう呟いた。


 ミルファは長髪を揺らしながら空中を進んでいく。ミルファが通過した空間には空気中の水蒸気が熱せられたあと早朝の寒気に当てられて発生した横長の雲が朝日を浴びて光り輝いていた。


「綺麗だな」


 ユークリウットは頭上の神秘的な光景に思わず感嘆した。

 

 ミルファは跳躍を繰り返して移動を続け、湖を囲む山間部に出たところで足を止める。ユークリウットもすぐに合流した。


「長距離移動はさすがに疲れますね」

「マシン・ヒューマンにも疲労とかあるのか」

「変形にも向き不向きがあるのですよ。私は短距離や瞬発系が得意な体質なので」

「変なの」

「哺乳類と爬虫類はちゅうるいの半々が何てこと言うんですか」

「誤解しているようだが竜人は爬虫類じゃなくて人間と同じ哺乳類だからな」


 二人は地面に生え広がる下草したくさを踏み潰して歩く。


「さっきの話ですけど、人類三者が共存していたとはどういう意味ですか?」

 ミルファは隣を歩くユークリウットに尋ねた。


「ニュエルホンって村を知っているか?」

「いえ」

「ジアチルノイア大陸の極東に七年前まで存在していた小さな村だ」

「私はジアチルノイア出身ですけどそんな村は初耳ですよ」

「ニュエルホンは小さな島国の中にあったからな。簡単に見つかっても困るからあえて秘境を選んだのだろうけど」

「その村がユークさんの言う三者共存が成立していた場所というわけですか。にわかに信じがたい話です」

「事実だ。大型動物の狩りや力仕事は竜人とマシン・ヒューマンが主体となって行い、畑作や水の管理など軽作業は人間がやっていた。能力によって役割を分担し、皆が納得して村を運営していた」

「傲岸な竜人がよく応じましたね」

「竜人は他者を見下したがる種族ではあるが、全員が全員同じ性格というわけじゃない。人間やマシン・ヒューマンの中にも悪い奴がいるようにな」

「否定はしませんが……つまり、その村がユークさんの生まれ故郷なのですね」

「俺は子供の頃ニュエルホンに住んでいた人間の老父に拾われただけだ。出自なんて分からん」

「複雑な生き方を送っているんですね」

「竜人は自己中心的な奴らばかりだから子供を捨てるなんて事はよくある話だ」

「まあ、今を無事に生きていれば出自なんてどうでもいい事ですもんね」

「へえ……性格がサッパリしているんだな」

「過去のことを悩んでひたすら自慰じいをするのは気持ち悪いじゃないですか」

「生きていれば忘れられないことも次第に増えていくぞ」


 ユークリウットはふっと遠い目を浮かべた。


「そういえばさっき村は存在していた、って言ってませんでした?」

「ああ。七年前、何者かの襲撃に遭ってな」

「ほんと複雑ですねえ……」

「おい」

 ユークリウットの双眸がふいに険しくなる。


「剣戟が聞こえる。数里先からだ」

「剣戟……まさか」

「連盟の可能性が高いな」

「おそらくそうでしょうね。行ってきます」


 ミルファはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて疲れた体に活を入れる。


「ユークさんは絶対に見つからないよう物陰にいてください。できますよね?」

「ああ。俺も種族闘争なんてしたくない」

「私も知り合いを倒すのは夢見が悪いですからね」

「俺を倒せると思っているのか?」

「もちろんですよ」


 ミルファは微笑を浮かべて首肯した。


「でも良かったです。これで昨日の村民や誘拐された人たちも助けられそうです」

「足元には気をつけろよ。また木の根に転ばされるぞ」

「ユークさんじゃないですからそんなことに――きゃっ!」

「こいつ……」


 ユークリウットは木の根に躓いたミルファを起こす。


「く、屈辱です。ユークさんに二度も助けられてしまいました。絶対に仇で返します」

「恩で返せよ」

「それじゃ行ってきます」


 ミルファは足元に気をつけながら走り去っていく。


「……しかし、連盟員と繋がりが生まれたのは幸運かな」


 ユークリウットは懐から本を取り出す。


「キュエリ=フェイプライン。救世連盟の研究者、か」


 淡い期待を胸にユークリウットは跳んで行くミルファの後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る