第8話 恐喝
真夜中の密林の中で枝葉が揺れると、眠っていた動物たちが騒ぎ始める。
木々を蹴って移動するユークリウットは心中で森の住人たちに謝罪した。
「ユークさんもまあまあ器用ですね」
「俺の背中の上で茶を飲んでいるお前ほどじゃねえよ」
ミルファは竹製の水筒でお茶を飲んでいた。
「水筒の中身を見てないのに何でお茶って分かったんですか?」
「竜人は体の器官が人間よりもずっと鋭敏なんだよ」
「便利ですね」
「そうでもないさ」
ユークリウットは木々の間を跳躍しながら周囲に目を配る。
「ウサギ、オポッサム、小型の恐竜はおそらくラボカニアだな。あとは夜行性のピューマに、水面を激しく叩く音はフラミンゴ。たぶん動物か何かに襲われているんだろうな」
「水面を叩く音は私でも微かに聞こえますが、足音の主まではちょっと」
「体が勝手に覚えていくんだよ。故に便利じゃないのさ。寝るときは特に、な」
「竜人も大変なんですね。これ飲みます?」
「もらおう」
大樹の枝先で足を止めたユークリウットは喉を潤す。
「しかし、いいのか。連盟員が竜人に良くして」
「連盟が『竜人は人類やマシン・ヒューマンとは相容れない宿敵』だと表明している以上、良くはないでしょうね。私自身も上からは竜人を見つけ次第抹殺しろと言われていますし」
「それなのにお前はこうして俺に接するのか」
「ユークさん、そもそも『敵』って誰なんですかね。あ、降ろしてください」
枝の上に立ったミルファの視線がほんの少し下に向いた。
「自分や仲間に対して敵対行動をとるのが敵じゃないですか。相手が明確な悪意を持っていなかったらそれは敵ではないですし、話し合えると思うんです。というか、私は話し掛けます。けど、それを行うと他の連盟員からは胡乱がられます。連盟の方針に照らし合わせればまあ当然ですが」
「救世連盟とはそういうところだろう」
「私は宗教をやっているつもりではないんですけどね」
ミルファは干し肉を噛み千切ると美味しそうに咀嚼した。
「それ、俺の携帯食じゃないか?」
「細かいことは気にしないほうが私のためになります」
「お前の都合じゃねえか。返せよ」
「嫌です」
「チッ。いいさ、食えよ、食え」
「私がユークさんの器を少しだけでかくしてあげました。一日一善は気分が良いです」
「俺は気分が最悪だよ」
「竜人にも感情ってあるんですね」
「精神構造はお前らと同じなんだから当然だろ。似ているんだよ、俺らは」
「種族単位で殺しあっている竜人とマシン・ヒューマンが似てるだなんて冗談が過ぎますよ」
「普通の人間には体の機構を変えられるような特殊能力は無いだろ」
ミルファが急にムッとした表情になる。
「バーカ、バーカ! ユークさんのバーカ!」
「いきなり何だよ……口から肉が飛んでるぞ」
「それはユークさんがバカだからです」
「何を怒っているんだ……ん、あっちから何か来たな」
「……ほんとだ。人の足音ですね。それと車輪が回るような音も」
「へえ。お前も感覚が鋭いじゃないか」
「これだけ近づかれれば誰だって聞こえてきますよ」
ユークリウットは、人間のそれでは無いだろ、という感想はあえて喉で止めた。
「ちょっと行ってきます」
「どうするつもりだ?」
「話しかけるだけですよ」
「相手が竜人で、もし襲ってきたら連盟員らしく対処するのか?」
「……まあ、そうでしょうね」
「そんなことのために誰かを殺すなよ。俺が行くからここで待ってろ」
ユークリウットは大樹の枝から飛び降りる。枝から地上までの間には小滝に相当する程度の高低差があったが、光をまとった両足は着地の衝撃を相殺して地面に難なく降り立った。
ユークリウットは雑木を掻き分けて獣道に出る。
檻つきの荷車を引く竜人の集団に遭遇した。
竜人たちは闖入者に驚くも、すぐに戦闘態勢に入る。
「怪しい者じゃない。俺の名はユークリウット。宝石を売って旅をしている竜人だ」
ユークリウットは右頬の紋様と、袋の中の鉱石類を竜人たちに見せた。
集団の中から初老の竜人が出てくる。
「宝石売りらしいが、今の俺たちはそんなものを求めていない」
「お前らも行商か?」
ユークリウットは竜人たちの後方に見える大きな荷車を見た。
荷車には数十の人間が首輪に繋がれた状態で座り、荷車を引く男たちもみな首輪をつけていた。
「お前と違ってこっちは売り先のある忙しい身なんだ。失せろ」
竜人の集団は荷車を引き連れてユークリウットを横切る。
ユークリウットは離れていく荷車の後ろを眺めながら片手を上げた。
「今は止めとけよ」
ユークリウットがそう言うと、大樹の草陰からミルファが降ってきた。
ミルファの右腕は大口径の銃に変形していた。
「何故ですか? あの人たちを助けないと」
「助けた後はどうする? この辺りには肉食恐竜がちらほらいるぞ」
「私が追い払いますよ」
「一人じゃ限界があるだろ。それにお前は応援を呼ぶために連盟のところへ行くんだろう。ここで時間を浪費していいのか?」
「む……」
「何でも背負い込むと何もできなくなるぞ」
「右手に持っている大切な物と、左手に持っている大切な物。そのどちらかを捨てろと言われて簡単に捨てられると思いますか?」
「優先順位を決めればいい。どっちがより
「ふう……」
ミルファは右腕の変形を解く。
「意外と論理派なんですね。私のお姉ちゃんと考え方がちょっと似てます」
「お前の姉は知らんが、論理的な発想をするのは知能を持つ者としては普通だと思うぞ」
普通、という言葉を聞いてミルファの眉根がぴくりと反応する。
「それは私が普通じゃないと言いたいのですか?」
「後先考えずに行動する癖はあるだろ」
「ぐぬ……それもお姉ちゃんによく言われました」
「言っておくが俺はお前の姉じゃないぞ」
「言っておかなくても分かりますよ。ユークさんは本当にバカですね」
ミルファは思案を始める。しばらくして、冷静な顔つきをユークリウットに向けた。
「連盟に向かいます」
「懸命な判断だ」
「むかつきます。ユークさんの偉ぶられるのは本当にむかつきます」
ミルファは握った両の拳でユークリウットの背中をぽかぽかと叩く。
「というわけで、また背負ってください」
「いや、自分で歩けよ」
「本来なら荷車に乗せられた人たちを救出しているのに、連盟に向かおうとしているのはユークさんが私に選択するきっかけを与えたからです。なら、最後まで私の足になるのが道理でしょう?」
「却下だ」
「認めません!」
ミルファはユークリウットの首に両腕を巻きつけてぶら下がる。
「さあ早く発進してください」
ミルファはその状態のままユークリウットの足を蹴る。
「おい、俺の足を蹴るな」
「蹴られたくなかったら早く出発することですね」
「
「知っていますよ。外道の行いですよね」
「……知ってんならいいさ」
「遅いですよ。はーやーく。ほら、出発です、出発!」
「本当に変なもの拾っちまったな……」
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