第7話 出会い


 深夜未明。竜人の集団が宿舎の廊下を忍び足で進んでいく。

 月夜を取り込む窓を横切り、ユークリウットが泊まる部屋の前で止まった。

 竜人の男が扉に耳を当てて室内の様子を探る。静寂が返ってきたことを確認すると、人差し指をくいと動かして仲間に合図した。


 扉が静かに開いていく。

 

 光の得物を持つ竜人たちが薄暗い部屋の中へ侵入していく。

 竜人たちは寝台を取り囲むと、得物を一斉に振り下した。

 鈍い音が部屋に響き、布団の羽毛が飛び散った。

 竜人の男が窓掛けを乱暴に破る。

 室内に差し込んだ月夜は布団がもぬけからであることを照らし出した。


「あ、いねえぞ?」

「ちっ、あのはぐれ野郎、逃げやがったな!」

「村を探せ!」


「さっき部屋を覗いてた奴らか」

 建物の屋根の上にいたユークリウットは襲撃犯を尻目に屋根を伝って移動する。

 闇の中でも動きは軽快で、程なくして祠に到着した。


 祠の周辺に見張りはいなかった。

 

 ユークリウットは右手の先から光の剣を発生させると祠の扉を斬って中に入った。

 祠の内部は一本の通路が奥の部屋に繋がっている焼き釜のような構造だった。


「強盗、恐喝、売春。竜人とは本当に救いようの無い連中だが、だからこそ監禁もありえる話だ」

「竜人のあなたがそれを言いますか?」

「ん?」


 ユークリウットは通路を抜ける。窓から月光が差し込む半円形の空間に、全身を鎖で拘束された銀髪の少女が転がっていた。

 銀色の長髪。白磁の肌。勝気な印象を受ける大きく見開いた双眸。桃色の小ぶりな唇と整った輪郭。円筒状に広がった履物と綿製の外套がいとうを華奢なからだにまとっていた。


「幽霊じゃないみたいだな」

「失礼です、失礼ですねあなた。二回言ったのは本当に失礼だからですよ。私、幽霊とかお化けとか好きじゃないんですから。それで、あなたのお名前は何ですか竜人さん?」

「ユークリウットだ。しかしまあ、拘束されているのに元気そうだなお前」

「もしかして『竜殺しりゅうごろし』のユークリウットですか?」

「『竜殺し』というのは分からんがユークリウットなのは確かだ」

「遭遇したら誰もが一目散に逃げ出すドラゴンをわざわざ殺して歩く風変わりな竜人」

「ドラゴンを観察してるだけなんだがな」

「私、あなたに一度会ってみたかったんですよ」

「光栄だ。で、念願が叶った感想は?」

「そんなことより鎖が邪魔です」

「ハハハ。だろうな」

「手が空いているなら鎖を外してくれませんか?」

「竜人が人間に手を貸すとでも思っているのか?」

「ダメならダメでいいんですけどね。これくらい自分で解決できますし」


 少女の右腕の表面に光の線がはしる。右腕が一瞬で剣に変形した。


「むん!」

 少女は右腕に力を入れると剣が高速で回転して鎖を巻き込み、そのまま引き千切る。残りの鎖も同じように除去すると右腕が元の状態に戻った。


「お前……『マシン・ヒューマン』か」

「はい」

「マシン・ヒューマンなら竜人にも勝てるだろ。何で捕まってたんだよ」

「旅の途中とてもお腹が空いたのに食料袋は空っぽ。その辺に生えていたキノコを食べたのですが、激しい腹痛と眩暈に襲われて昏倒こんとうしたところをこの村の竜人たちに捕縛されました」

「アホか」

「アホとは何ですかアホとは。私は『救世きゅうせい連盟れんめい』に所属する連盟員として人類救済のため日夜活動しているミルファ=フォーレンです。アホじゃないです」

「ああ、連盟の回し者か。最悪だな」

「そうです。だから、これからユークさんと殺し合いをしなければならないのが悲しいところです」

「誰がユークだ」

勿論もちろんあなたです!」

ミルファは自信たっぷりにユークリウットを指さした。


「……何か調子狂うな。でも、ここはひとまず停戦協定を結ばないか?」

「あれはユークさんのお友達じゃないんですか?」

「敵だよ。同族だが」


「照らせっ!」

 竜人の集団がたいまつで室内を照らす。

 二つの鋭い音が祠の中で同時に発生した。音の片方はたいまつを斬って火を消し、もう片方は先頭にいた竜人の体を斜めに斬った。


「ぐぎゃあああっ!」

「よっと」

 右手を剣に変えたミルファは斬ったばかりの竜人の顔面を踏みつけると、廊下を駆け抜けて祠の外に飛び出る。

 祠の前に集まっていた竜人たちがミルファの出現にぎょっとする。


「けっこういますねー」

 ミルファは右手を剣から銃に変形させると同時に、肘の裏にも縦型の空気くうきあなをつくった。

 縦型のあなから高熱の空気を放出し、その場にいた竜人たちを銃撃していく。


 ユークリウットは両手から伸ばした光の剣で祠の内部にいた竜人たちを次々と切り伏せる。


「おらあっ!」

 マイクが足の先から伸ばした光の小剣でユークリウットに蹴りを放つ。

 ユークリウットは身を後ろに引いて攻撃をかわしつつ相手を見た。


「お前か」

「へへ……弱い奴に翡翠はもったいねえよなぁ」

「所詮は竜人か」

「雑魚が調子乗ってんじゃねえぞ!」


 マイクが上段蹴りを放つ。

 ユークリウットはしゃがみ込むとマイクを蹴って転ばし、無防備になったところを光の剣で首をねた。


「――悪いな。攻撃的な奴は好きじゃないんだ」

「それは同族嫌悪ですか。それとも自己嫌悪?」


 ミルファが銃撃を繰り返しながら、祠の入り口にやってきたユークリウットの背後に立つ。


「どっちもだ」

「変な竜人っ」


 ミルファは祠の前にいた最後の竜人を撃つと、銃口をユークリウットに向ける。

 ユークリウットも光の双剣でミルファの首筋を挟んだ。

 月夜の下で二人が無言で対峙する。


「随分と面白く変形する。さすがマシン・ヒューマンといったところか」

「体内の細胞を銃弾に変形させて撃っているだけですよ。特別な事はしていません」

「体を自由に変形できるってのはなかなか怖いものだな」

「このままだとらちが明かないので、ここはおあいこにしませんか?」

「いいぞ」


 双方は同時に得物を収める。

 祠の内外には竜人たちの死体が多数転がっていた。


「これからどうする?」

「私は連盟の部隊に戻って、この村で奴隷にされていた人たちの保護を求めるつもりです」

「フン。殊勝な連盟員さまだな」

「さっきから嫌味ったらしい顔を浮かべてますけど連盟の何が不満なんですか?」

「連盟の掲げる主義主張が気に入らなくてね」

「人類の人類による自己保護、自己闘争、自己主義の獲得……これを嫌うのはユークさんが竜人だからではないのでしょうか?」

「竜人は人類には入らないのか?」

「当然でしょう。人間やマシン・ヒューマンとは違う種なのですから」

「……お前、本当に連盟員だな」

「当然です。私はしいたげられている人達のために身を粉にして闘う覚悟でいますから!」


 ユークリウットは威勢のいい宣言をしたミルファを憐憫れんびんの混ざった表情で見た。


「とりあえず夜が明けるまで待つか?」

「何を言っているんですか。目的があるのに急がない人はただの怠け者にすぎません。ユークさん、さてはアホですね?」

「こいつ根に持ってんな……とにかくご達者で」

「またまた何を言っているんですか。ユークさんも一緒に行くんですよ」

「は?」

「曲がりなりにも竜人の掃討を手伝ってもらいましたからね。何かお礼をしてあげましょう。心の底から感謝してくださいね」

「勝手に行けって」

「人の親切を素直に受け取れないなんて根性曲がってますね。これから旅の先々で『竜殺しのユークリウットは根性曲がりのアホ』だと言いふらしてやります」

「おい待て。それはただの嫌がらせだ」

「言いふらされたくなかったら私についてくるべきですね!」

「あくまで上から目線だなこの野郎……まあ、俺も連盟に用事があるから行ってやるけどさ。そもそもそお前、竜人の速さについてこられるのか?」

「マシン・ヒューマンは伊達だてじゃないんですよ。はっ!」


 ミルファが地面を蹴った瞬間木の根に足を取られて、体が地面に落ちた。

「はうぅ、顔が痛い」

「アホがいる……」


 ユークリウットはその場でひざまずき、背中をミルファに向けた。


「ほら、乗れよ」

「竜人の助けなんて受け取れません」

「……そうか」

「ですが、怠け者のユークさんの性根を正すために乗ってあげないこともないです」

「お前、本当に変な奴だな」

「よく言われます。何故でしょう?」

「何故だろうな」


 ミルファを担いだユークリウットの両足から光の粒子が発生する。

 ユークリウットは淡い光に包まれた両脚で地面を蹴ると、二人の目線が一瞬で空中に達した。


「見慣れた風景なのに他人に担がれていると新鮮に感じますね。しかも、私を乗せているのは竜人。全てはじめての体験です」

「嫌か?」

「嫌だなんて言ってないですよ。ただ、自分が世界で初めて竜人におんぶされた人間じゃないかって思っただけです」

「……そうか。移動するぞ」


ユークリウットは慄然とそびえたつ巨木を蹴って北へ向かった。

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