第6話 視線


 ユークリウットが村に戻ると、広場では竜人同士が取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「てめえ、俺の弟を見殺しにしたってのか!」

「弱え奴が勝手に死んだだけだ!」

「おう、いけいけ!」

「ぶっ殺せー!」

「ギャハハハハハ!」

 広場に集まっていた竜人たちは喧嘩を囃し立てる。


「……そういえば行きそびれていたな」

 ユークリウットは喧騒の脇を通って祠の方へ向かう。 


「何をしている?」

 数人の竜人がユークリウットの進路に立ち塞がった。


「あの祠はこの村の竜人以外立ち入り禁止だ」

「まだ立ち入ってもないんだけどな」

「接近も禁止だ」

「あの中に何があるんだ?」

「余所者には関係の無いことだ」

「わかっ――」

 ――ブンッ!


 ユークリウットはふいに身を丸める。視線を上げると、体に生傷の多い竜人の青年が片足を上げてニヤリと笑っていた。


「お前、さっき一緒にいたよなぁ。髪の色も俺らと少し違う……何者だ?」

「ジアチルノイア大陸からやって来た。いわゆる渡来人だ」

「渡来人なんて初めて見たぜ……まあいいわ。今ちょっとイラついてさァ、楽しませてくれよ!」

 竜人の男は両手足を駆使して攻撃を繰り出す。それをユークリウットは難なくかわしていく。やがて村の竜人が続々と集まりはじめ、周囲は異様な熱気に満ち溢れた。


「ハッ、ハッ……お前、逃げてばかりだなあ!」

(騒ぎにしたくなかったのにな……)

 ユークリウットは攻撃をかわしつつ喧騒を鎮静化する方法を探る。


「まどろっこしいな!」

「――っ」


 ――バキッ!


 竜人の青年の拳がユークリウットの頬を打った。


「へへ、どうだぁ……!」

「……」

 ユークリウットは口内の出血を吐き出すと、背後にいる首輪をつけた人間の少年を一瞥した。


「この人間奴隷がどうかしたのか?」

 竜人の女が手に持っていた鎖を引っ張る。

 少年の首輪がグッと締め上げられた。


「仕方ない」

 ユークリウットは両手を上げる。


「あいつ……光の能力を使う気か……おもしれえ!」

 竜人の青年は右手の先から光の剣を発生させる。

 周囲にいた竜人たちも更なる戦闘を期待して歓声をあげた。


「――降参だ」


「は?」

「実は竜人同士で闘ったことがない。これ以上の戦闘は俺には無理だ」


 ユークリウットがそう述べると、その場にいた竜人たちが一斉に哄笑した。


「渡来人がどれだけ強いのかと期待してみればただの雑魚じゃねえか」

「よくドラゴンの餌にならずに生きてこれたなぁ!」

 ユークリウットは口を閉じ、侮蔑を一身に浴びていた。

「チッ……一気に冷めたぜ」

 竜人の青年は光の得物を消失させる。


「……」

「黙してやがる。抜け殻みてえな奴だな」

「フフ」

「あ?」

「抜け殻か。確かに、と思ってな」

「頭おかしいのかコイツ……まあいいわ。じゃあな、腰抜けクソ野郎」

 その場にいた竜人たちが散り散りになってく中、ユークリウットは祠を静かに眺めていた。


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 ユークリウットは坂の近くにある集会用の施設へ入った。

 受付には首輪をつけられた人間の少女が立っていた。

 少女はユークリウットの顔に浮かぶ紋様を見つけると、姿勢を弓なりに正した。


「一泊したい」

「わかりました……」

 

少女の両頬はひどくやつれていて、湿潤な気候に反して唇も乾燥していた。


 ユークリウットは小さな鉱石を代金替わりに支払うと、背負い袋から竹製の水筒と麦餅パンを取り出した。

 少女は食い入るように麦餅を見つめる。口元からは涎が垂れていた。


「食べろ」

「え……?」

「腹が減っているんだろ」


 少女は机に置かれた麦餅をジッと見つめるが、手をつけようとはしなかった。


「部屋は勝手に決めるぞ」

 ユークリウットは廊下を通り、角部屋の前に到着したところで受付の方を見た。


 少女は麦餅を口の中へかっ込んでいた。


「んっ……」

 少女は喉を詰まらせて青い顔になる。

 見かねたユークリウットが受付の方へ戻り、水筒を少女に渡そうとした。

 少女はビクッと震えると、ブンブンと頭を振った。


「俺は村の連中とは違う」

 ユークリウットは少女の口を開かせると、水を半ば強引に飲ませた。


「っはっ、げほっ、げほっ!」

 少女が激しくむせ返る。

「あっ、ぁりがとう、ござぃます……」

 麦餅を嚥下した少女は咳き込みながらも必死に言葉を紡ぐ。それは感謝というよりも低頭を強制されているような怯えたものだった。


「なあ」

「ひっ!」

「何もしない。聞きたいことがあるんだ」

「……はぃ」

「『キュエリ=フェイプライン』という名の人間がこの村に来なかったか?」

 少女は首が吹き飛びそうなくらいの勢いで頭を左右に振った。


「そうか。ありがとう」

 少女は謝意を述べたユークリウットを驚いた様子で見つめた。


 角部屋の前に戻ったユークリウットは扉を開ける。

 狭い間取りの中に寝台が置いてあるだけの殺風景な室内だった。


「所詮、同じに見えるか」

 ユークリウットは右頬に浮かぶ紋様を手で触ると苦笑する。

 そして衣服を身に着けたまま布団の上に倒れこむと、そのまま眠りについた。



 窓の外では寝息を立てるユークリウットを見つめる者がいた。





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