第5話 研究者
村から出た二十人ほどの竜人が林の中を走っていた。
「状況を言え」
先頭にいた竜人の男は、全身に生傷がある竜人の青年を怒鳴りつけた。
「狩猟の人間が脱走してよぉ。西の湖でドラゴン二頭に出くわしたんだ」
「人間?」
「村の家畜だ。村から放って捕まえる『家畜慣らし』の最中だった」
「家畜慣らし?」
集団の最後尾を走るユークリウットは近くにいたマイクにたずねる。
「竜人の癖に知らねーのか。家畜化した人間をあえて逃がしたあと捕まえて心を折る遊びだ」
「そんなことをしているのか」
「どの村でもやってる常識だろーが。お前本当に竜人かよ……」
「ドラゴンは二頭いた……!」
竜人の青年がそう言うと、竜人たちに緊張がはしった。
「二頭いても何ら不思議じゃないだろ」
無言に包まれる中、ユークリウットは冷静にそう述べた。
「あいつ誰だよ」
「今日、村に来たはぐれ野郎だ」
「邪魔するようなら殺しておけよ」
「そろそろだ」
――ドン!
「うわっ!」
先頭にいた竜人の男が後方へ吹き飛んだ。
ユークリウットは飛んできた竜人の男を捕まえる。
竜人の男は全身の穴から血を垂れ流していた。
「即死だな」
竜人たちは林を抜ける。
山の麓にある小さな湖畔。
竜人と人間たちが二頭のメドウドラゴンに襲われていた。
――ドゴッ!
メドウドラゴンの口から放出された水の帯が、竜人の女の体を貫いた。
「くそっ、家畜共が脱走さえしなければこんな事に……!」
「囲んで殺せ!」
竜人たちが光の得物を出現させてメドウドラゴンに襲い掛かる。
(あのドラゴンたち、体が少し大きいな……)
ユークリウットは竜人の死体を抱えたままその場で足を止めた。
(俺がいたジアチルノイア大陸にもメドウドラゴンはいたが、このアリメルンカ大陸の方が若干大きい。こっちの方が餌が豊富なのか……?)
「何だあいつ、あんなところで突っ立っていて……」
(それにあれはつがいか? 鳥類や爬虫類には卵や精子のほかに排泄物等を排出する総排出口という器官があり、この器官は産卵で繁殖する恐竜も持っている)
「しかも死んだ奴をずっと抱えてるぞ」
「気味が悪ぃな……」
「今はドラゴンに集中だ。あんな奴は無視しろ」
(総排出口もいくつか種類があり、有袋上目やビーバーなどは直腸や尿道が総排出口から分離しているが、恐竜の総排出口はワニのものと似ていて、そしてドラゴンにも総排出口がある――つまり恐竜とドラゴンには類似性が存在する)
駆け付けた竜人たちがメドウドラゴンによって次々と倒されていく中、ユークリウットは二頭のドラゴンをひたすら観察していた。
「ダメだ、近づけねえ」
「くっ……お前ら、もう無理に相手にするな」
「でも逃げたら水が飛んでくるぞ」
「それならこうするんだよ……おらっ!」
竜人の男は近くにいた人間の女を掴むと後方に放り投げた。
メドウドラゴンは飛来する女を口で挟むと、ゴリゴリと音を立てて嚙み砕いた。
「村に戻るぞ」
「逃げ出した人間は捕まえなくていいのか?」
「すでにあいつらが捕まえてんだろ」
二頭のメドウドラゴンは竜人たちが離れていくと、逃げ惑う人間たちの捕食をはじめた。
「おい、こいつを村に戻してやれ」
ユークリウットは近くにいた竜人に抱えていた亡骸をみせる。
「捨てろよ、そんなの」
竜人はそう吐き捨てると林の中へ消えていった。
「こいつにも家族がいるだろうに」
ユークリウットは抱えていた亡骸をその場に置くと、メドウドラゴンに近づいていいく。
メドウドラゴンは血まみれの顔をユークリウットに向ける。その大きな口は恐怖を顔に張り付けた少女を咥えていた。
「――メドウドラゴン。ドラゴン種の中で下位の存在」
ユークリウットは光の粒子を放出させた足で地面を蹴り、メドウドラゴンの懐に飛び込むと、右手から伸びる光の剣で首を切断した。
もう片方のメドウドラゴンが尻尾を振り下ろす。
――ドゴッ!
ユークリウットは光の粒子をまとった拳で尻尾を殴り返すと、態勢を崩したメドウドラゴンに飛び掛かった。
「悪いな」
光の剣がメドウドラゴンの頭部に突き刺さる。
地面に降りたユークリウットは二頭のドラゴンの亡骸を見たあと、生き残った人間たちに見向いた。
「命は助けた。だが、俺ができるのはここまでだ」
「……そ、そんな」
「待て、こいつ竜人だぞ……!」
「また俺たちを弄ぶのか……何なんだよ、俺たちが何をしたっていうんだ!」
「竜人の奴隷だった我々がこれから何をしたらいいのか……」
「生きてくれ」
「え……」
ユークリウットは光の剣で地面を掘りながら話し続ける。
「身勝手なのは分かってる。でも同じ人類として生きてほしいんだ」
周囲に横たわっていた人間と竜人の亡骸を穴の中に入れていった。
「こんなところか」
「あ、あの……」
一人の青年がユークリウットに声をかける。
「あなたはいったい……」
「ユークリウット・ローヴェル。ドラゴンの研究をしている者だ」
ユークリウットは微笑みを返すと湖畔を後にした。
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