第2話 ドラゴン



「無光沢な緑の鱗に覆われた獣脚類恐竜似の体躯。よくしなる長大な首を持ち、主に川辺に生息するドラゴン」


 青年は川辺にいる大型生物――メドウドラゴンの全身を観察する。


 メドウドラゴンは倒れていたアロサウルスの体に牙をたて、引き剝がした肉塊を飲み込むと咆哮を上げる。高木林の中に隠れていた生物たちが一目散に逃げ出していった。


「よっと」

 青年はメドウドラゴンの背後に降り立った。

「だが、現存するドラゴン種の中では


 青年は不敵に微笑む。薄肌色の皮膚と灰がかった茶色の髪。右頬には墨を水面に垂らしたような黒色の紋様が浮かんでいる。背丈は高く、筋骨が発達した両肩が綿の外套を左右に広げていた。


「…………」

 メドウドラゴンが回頭する。前前ぜんぜん頭骨とうこつの上に並んでいる蛇の目に似た双眸そうぼうで青年を見下ろした。


 青年は微笑みを返す。

 メドウドラゴンの臀部から伸びる太い尻尾が俊敏にしなる。


 ――ボッ!

 風を切る轟音が消えた数秒後、青年が空から降ってくる。着地したときに礫を踏み砕いた両足は無数の光の粒子に包まれていた。


「俺が人間だったら上半身が吹き飛んでいたな」

「グギャアアアアアアアッ!」

 メドウドラゴンが荒々しく地団太を踏んだ。


「随分と荒れているな……を繰り出してくるか?」


 研究者のような鋭い眼差しを湛える青年の瞳に、腹が膨らんだメドウドラゴンの姿が映る。

メドウドラゴンは口から大量の泡粒を勢いよく吐き出した。


「よっと」

 青年は横に大きく跳んだ。

 泡粒が川向うの木々に触れた瞬間、爆音と共に弾けて林の一部を吹き飛ばした。


「メドウドラゴンは体内に水の貯蔵器官がある。巨大な岩石を砕くほど勢いのある放水や、泡状に放出して接触したものを吹き飛ばす……やっぱり親父の記録は正確だな」

 青年は満足げな表情で開いていた本をたたむ。

 

 メドウドラゴンは足元の礫を蹴り飛ばしながら青年に突進する。

 青年は飛退くと同時に右手を横に広げる。右手の先からぽつぽつと出現した光の粒子が収束して剣を形成すると、メドウドラゴンの横腹を深く突き刺した。


「グギャアアアアアアアアッ!」

 メドウドラゴンが血を吐きながら巨躯をよじらせる。


「とどめだ」

 青年は左手の先から新たに発生させた光の剣でメドウドラゴンの首筋を切り裂いた。


 ――ブシュウウウウッ!

 メドウドラゴンがその場に倒れる。

 切創から噴出したおびただしい量の血液が青年に降りかかった。


「おいおいおい……」

 青年は懐に入れていた本を慌てて取り出す。

「良かった……濡れてない」

 本を道具袋と一緒に川辺に置いて、川に飛び込んだ。

 生ぬるい川の水面に大量の血液が浮かんだ。


「ぷはっ。やっぱり肉食の血は臭いな……ん?」

「ギャィィィイ!」


 耳障りな鳴き声がふいに鳴り響いた。

 青年が空を見上げる。うろこ状の薄い体と長いくちばしが特徴的な恐竜――翼竜よくりゅうが空を飛んでいた。

 

 翼竜は先端に三本指がついている両翼を横に広げながらメドウドラゴンの死体の周りに降り立つと、嘴を死肉に突き立ててほじくるように食べ始める。他の翼竜たちも続々と集まり、同じように死体を啄んでいく。硬い鱗の部分は避けて、内臓や筋肉のほか目玉など柔らかい部位があっという間に消え去った。

 青年は脱いだ衣服を川辺で絞りながら翼竜の食事風景を眺めていた。


「死は平等。そこに生物の強弱や種族の違いは存在しない」

 青年は右頬に広がる黒色の紋様を指でなぞる。


「けど、この世界にも平等があってほしいと思うのは人類の性かね。なあ、親父」

 竜人の青年――ユークリウット=ローヴェルは川辺に置かれた本を見やる。

 それはこの世界に棲む多くの生物の生態系を記した書物で、ユークリウットにとっては養父の遺品だった。



「親父の遺言……早く果たしてやらないとな」

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