小説家になりたくて

奇跡いのる

第1話

 僕の作品が本屋に並んだ。

 正確にはほんの一冊、新刊コーナーの隅っこの方に置いただけだったが、言いようのない興奮と喜びと感動に包まれた。


 小説家を目指してからの数十年、苦労は数え切れなかった。どんなに作品を作って賞に応募しても、1次審査さえ通過しない日々だった。ネットの小説サイトに掲載しても、誰からも反応されない切なさを噛み締めて過ごしてきた。


 その苦労がようやく報われる。正真正銘、僕の書いた作品が本屋に並んだ。


 誰かが僕の作品を手に取る瞬間を目撃したくて、本屋をウロウロした。店員に怪しい目で見られながらその瞬間を待ちわびた。なかなか現れないので、店員には悪いと思いながらも目立つ場所に僕の作品を動かしたりした。人気作品のすぐ横に移動させた。


「お客様、そろそろ閉店のお時間になります」


 その日は結局、僕の作品が売れることはなかった。


 翌日も、その翌日も本屋で過ごしたが僕の作品が売れることはなかった。毎日、入り浸る僕に店員の目は冷たかった。


 一週間、ついにその時が訪れた。

 僕の作品を手に取ってくれた人が現れた。高校生くらいの男の子だ。表紙を見て、背表紙を見て、そして店員に声をかけた。


「これって売り物ですか?」

「いや違いますね…誰かが勝手に置いたのかも」

「ですよね、バーコードとかもないし」

「失礼しました。ごゆっくりお選びください」


 僕の作品は店員によってレジの奥に運ばれた。

 しばらくその店員は僕の作品を読んでいたが、「ゴミだな」と言ってゴミ箱に捨ててしまった。


「何するんだ!僕の作品を捨てるなんて」

「お客様、勝手に私物を置かれては困りますよ、それに毎日何も買わず入り浸って。警察呼びますよ」


 それは、困る。

 僕は慌てて本屋を後にした。


 そう、僕は小説家になんてなれなかった。賞も取れないし、ネットで話題にもなれなかった。


 だから自分で作った。

 それを本屋に勝手に置いたのだ。


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