君は。君だけは。/One day One time …

 地味な色の上質な布地で作られた、ネコやウサギのぬいぐるみが機能的な机の上に立ち並んでいた。

 最高級品と言っても良い美しい木目模様が磨き抜かれた天板の上に不似合いに並ぶ、子どもが胸に抱くほどの大きさの動物たち。黒や紺や灰色の布地であるにも関わらず、丸みを帯びたフォルムに愛らしい表情。

 いくつものぬいぐるみを並べた上で、未だ手元で針と糸を操って更に量産に励んでいる侍従の姿を見て、その主は興味深くそれを眺めた。


「上手なものだね。全部君が作ったのかい?」


 侍従ははっと顔を上げ、主の帰還に気づかなかった失態に立ち上がり頭を下げた。


「申し訳ありません、お帰りなさいませ。お早いお戻りでしたね。すぐに片付けます」


「いや、いいんだ。一つ顔合わせが反故になってね。それよりも、君が珍しいことをしているものだから。できれば続けて見せて欲しいな」


 侍従が手元の裁縫道具をしまおうと手を伸ばすのを、主は制してにこりと微笑む。興味深そうに瞳を輝かせる主に、侍従は並べていたぬいぐるみを一つ差し出した。


「古着でぬいぐるみを作っていたのです。小さな子らは、存外こういうものがあると落ち着きますから。温かくて柔らかなものを胸に抱くと、不安に泣き続けていた子もよく眠るのです。

 上質な服を準備していただいていましたので、下の子らに譲るものを除いても、捨ててしまうには惜しく。まだぬいぐるみを欲する年頃の子もいるでしょうから、作業しておりました」


 主は受け取ったぬいぐるみをまじまじと眺めながら、耳や手足を引っ張ったり押しつぶしたりしてその造りを確認する。

 柔らかくて、愛らしくて、とても安心する。

 胸に抱いてみて、その心地よさに息を吐き、空いた胸に深く息を吸い込んでからふと気づいた。


「ああ、ファスの匂いがする。私にも貰えないかい?君がいない日には代わりに抱いて眠るから」


 主はぬいぐるみに頬ずりし、侍従の守ってきた幼子と同じように、嬉しそうにぬいぐるみをぎゅっと抱いた。


「貴方様に献上するようなものでは……」


 侍従は呆れたように諭そうとするが、主は既にぬいぐるみを手放す気はないらしい。


「君の弟妹達には贈るのに、私は貰えないのかい?私も君が心を込めて作ったぬいぐるみが欲しいなあ。そうだ、君の古着がだめだというのなら、私が君に服を贈るから。ぬいぐるみにしても立派なものになる布地で仕立てよう」


「殿下のご下賜品を加工することなどできるはずがないでしょう」


「君に布を贈るよりも自然だと思ったのだけど」


「どちらも必要ありません」


「だったらこれは、私にくれるかい?」


 最初から返す気などないくせに、主はぬいぐるみを抱え込んで子どものようにはしゃいで笑う。

 何でも手に入る立場にありながら、こんな大した事がないものを、まるで宝物のように。

 侍従は小さく溜息を吐いた。


「人目に触れさせないでいただけましたら、幾らでもどうぞ」


 こんなものが主の心の安寧に繋がるのならば、何も惜しくない。

 並んでいたぬいぐるみを一つずつ手渡して主の腕の中をいっぱいにして、侍従は裁縫道具の片付けにかかる。


「ありがとう。きっと良い夢が見られると思うんだ」


 ぬいぐるみを幾つも抱きかかえている主の姿は、欲張った子どものようで。満足そうな上機嫌な様子に、侍従はふっと笑いを零した。


「どうせぬいぐるみではなく、本体を抱いて眠るのでしょう?」


 侍従は自分が召し上げられてからの主しか知らず、夜も眠れない主の姿など知らない。

 けれど、この先主の安眠の役に立てるというならば、僥倖であるとすら思える。

 小さな子らがぬいぐるみで得たほんの束の間の現実逃避のような安心よりも、ずっと大きな安寧を与えてくれたのはこの主で。

 侍従が救えなかった数多くの子どもたちを救ってくれた主に、少しでも恩義を返せることがあるのならば、それは侍従にとって何よりの幸福なのだ。

 主のぬいぐるみになることも、吝かではない。

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