言い訳の月
「酒が美味いほどいい月だろう?」
珍しく出迎えてくれた酒臭い赤ら顔に、顔を背けて溜息をついた。
「明日の朝には後悔するぞ」
「なら、眠らなければずっと夜だ」
陽気な酔っぱらいは屁理屈を歌うように楽しげに言い放って、部屋の中へと歩みを進めて行った。
電気がついていない部屋の中は暗く、窓一枚分あけたカーテンの向こうにぼんやりと月が浮かんでいるのか見える。
床の上に空いたビールの缶と、袋からこぼれたナッツ。
月見を楽しんでいたという風情はない。
「なぜ床に座って飲むんだ」
「月が見えるからだよ」
また散らかして、という思いもあって小言の口調で問うても、いつもの悪気ない返事。
部屋の電気をつけようと壁のスイッチへ手を伸ばし、今度は小言を言ってやろうと口を開いたところで、ドン、と背中に抱きつかれた。
「一人は寂しいだろう?だから月と晩酌したんだ」
「………そうか。悪かった、ここの所遅くて」
「いいんだ、きみの稼いだ金で好きに飲んでる」
「飲み過ぎは身体に悪い」
「働き過ぎも身体に悪そうだけどね」
「ならばお互い様か」
ただこれだけのことで、小言を言う気は失せていた。それどころかこの寂しい酔っ払いが可愛く見えてしまうのだから、ベクトルは違うもののどうしょうもない人間なこともお互い様なのかもしれない。
「きみは飲まないのか?」
重さと共に離れた体温を視線で追うと、全く気にする様子もなく片手の缶をカラカラ振って見せ、真っ赤な顔が無邪気に笑う。
「酒がなくても酔えるからね」
君が楽しいならそれでいい。
熱い頬を撫でると心地よさそうに目を細めて擦り寄ってくる酔っぱらいに、既にずっと昔から酔いしれていた。
たちの悪い酒よりもずっと、甘く切なく幸せな毒だ。
月が綺麗だなんて、ただの言い訳なのだ。
甘い夢に酔うための。
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