世界が物語ならモブな俺は陰に紛れて幼馴染を攻略する※仮置き

世界が物語ならモブな俺は陰に紛れて幼馴染を攻略する※仮置き

①壁がしゃべった


 この世にこれ以上、可愛くてきれいなものなんてないだろう。

 みずみずしく柔らかそうなピンク色のほっぺ。

 閉じられた瞼から伸びた長い睫毛は、シーツに散らばるサラサラの金糸と同じ色で、うるうるの紅色の唇の間から静かな寝息が聞こえる。

 宝箱の中に入れとかないでいいのか心配してしまうような、至上の美。

 歴史も功績もある伯爵家の精巧な彫刻を施されたベッドも、輝くような上質な布に細かな刺繍で仕立てられた純白の枕やシーツなんかも、彼を彩る額縁の代わり役にもならない。

 繋いだままの片手の柔らかさににだらしなくへにへと頬が緩む。

 今日も俺の天使、ジュリーは最高に可愛いです。


 父親同士が大親友で、物心ついた時からお泊り大会……っていうか、多分同じベッドに寝かされてたんだろうけど。

 おかげでそろそろ紳士たるものは、なんて教育が始まる6歳にもなってまだ同じベッドにもぐりこんで眠ることができる。

 間近でジェリーの寝顔を見ることができるのは、俺だけの特権だ。


 はー可愛い。

 はー最高に可愛い。

 お昼寝最高。正確にはお昼寝するジュリーを目に焼き付けられる時間最高。寝るなんてもったいないことできるわけない。

 そうやってジュリーの寝姿を堪能していた時に、突然どこからともなく声が響いた。


『うーん、よき。だけど乙女ゲーであってBLじゃないのよね』


 俺は驚いてがばりと身を起こし、辺りを見渡した。

 誰もいるはずがない。メイドは隣の部屋に控えているだろうが、この部屋は今俺とジュリーの二人っきりのはずなのだ。人がいると眠れないなんて口実で、バッチリ人払いしてあるんだから。

 それにこんな口調、初めて聞いた……うん?初めてかな。まぁそこはいいや。取り敢えず、幾ら幼いとは言えど、伯爵家の嫡男が二人いる場所で、こんな言葉遣いができる使用人なんていやしない。下手すれば投獄だ。


 予想通り、広く見通しが良い子ども部屋のどこにも人影は見当たらない。

 でも視線は感じる。


『仲良きことは美しきエピソードありきだもんね。おいしい過去なんてバレなきゃなかったみたいなものよね。あー尊いショタ。これでこそジュリちゃんとヒューの確執がモダモダするってことよ』


 声はしゃべり続ける。

 ってか、今なんて言った?

 俺の天使をジュリちゃん扱いってなんだおい?いやまぁそこは千歩譲って置いといて、俺とジュリーの確執?なんてこと言うんだ喧嘩売ってんの?

 可愛いジュリーが何したってわだかまることなんてないに決まってんだろ!


 ふうっと息を吐きだし、全身に気を張り巡らせて周囲をうかがう。誰もいない、風一つ吹いていない部屋の中で、じりじりと無遠慮に投げかけられる視線を追って、追いかけて、その他の全ての雑念を捨てて追及する。

 ……いや、ジュリーの手は離さないけどね。


『こんな仲良しがあんなよそよそしく視線も合わせられなくなるなんてねー翳りビタミンましまし……』


「そこだ!」


 俺は喧嘩を売る声の気配を突き止めて睨みつけた。


 ―――壁だ。あれ?壁だ。


 そこにあるのは、一見真っ白で、欲見れば凹凸で植物の模様があしらわれた壁紙の見慣れた壁。

 でもこっちから視線を感じた気がしたんだけど……。


『えっ、喋った?!えっ、うっそ』


 困惑に眉をひそめたのも一瞬。

 正解を告げるように壁から返事が聞こえてきた。

 えっ、喋った?もうっそ?もこっちの台詞だ。


「何なんですか、あなた」


 俺は隣のジュリーを起こさないように、声を潜めて、でも低く力強く、子供だからと侮られないように渾身で作り上げて問いかけた。

 俺の横にはジュリーがいる。この声の主の如何によっては、ジュリーを守ることが最優先だ。怯んだり驚いたりしている場合じゃない。


『さすがヒュー、類まれなる天才設定!私はねー、この物語の作者よ。えーっと、あなたたちを創ったっていう意味では神様みたいなものかもね』


 壁は思いもよらない答えを返してきた。


「この世の神が壁なんて話は聞いたことがありませんが」


 疑いを持って壁を睨む。この部屋にはちゃんと魔法攻撃対策も施されているし、壁から魔力も感じない。だが、何もかもが怪しすぎて猜疑心を抱かないはずなどない。


『いやぁ、最高なのよ壁ポジは!誰にも気づかれずに美味しいシチュを見放題。本当に壁さまさまよ』


 壁は聞いてはならないような煩悩を吐き出した。聞かなかったことにしようとしつつ、つい半眼になったまま俺は壁に向かい口を開いた。


「よくわかりませんが、とりあえずその穢れた目で俺の天使を見ないでください。確実に汚れます。神は全てを見渡すと教えを乞うていますが、壁様はのぞきが趣味だと教会に提言させていただきますね」


『いっやーん!いいっ!!!』


 冷たく言い放ったのに、壁は歓声を上げた。やかましい。


『キャー!幼い頃からヒューゴはヒューゴね!!これから大親友のジュリアとの別れを経てもっと拗れ拗れきってダークブルーグレーになっていくだけで』


「聞き捨てなりませんね」


 何やら熱く語った壁の言葉を遮って、俺は表情を無くした子供らしくない顔で壁を真っすぐに見つめた。

 何て言ったこの壁。今、何て言ったよおい壁!

 ジュリーと別れる?なんなんだそれ。世界から太陽が消えるのと同義だぞ。


『ああ、だってあなたの家は罪状を突きつけられて周囲との交友断絶になってね、まぁ冤罪なんだけど。いずれヒューはみごと冤罪を晴らすんだけど、あなたたちを疑ったジュリちゃん家は再度お友達に戻るなんてできずにジュリちゃんの心の傷に……』


「意味が解りません」


 何を言ってるんだこの壁は。何なんだこの壁は。ふざけんな。

 だけど壁の正体が不明である以上、完全に否定することなんてできない。

 聞くべきことを己の心持ちひとつで聞かずして損をすることは愚かだ。情報は情報として、その真偽を………


『うーん、もう面倒くさいわね。それじゃ、ほら、全部見てきてー』


 壁は俺のありありと不機嫌さをあらわにした様子なんて気にする様子もなく、軽々しくそう言った。

 何を言って………

 そう思った瞬間、俺の意識は目の前の現実から遠ざかっていた。

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