美しさのカタチ(sideネロ)
何もかもを諦めて世界へ悪態をついた時。
沈みきれない一糸のような意地と霞んだ意識の中で見たその姿は、この世の何よりも崇高で美しかった。
かのお方の尊さを奉る人間はそこかしこにいて。耳をそばだて、目を凝らして見つめている。
光輝く太陽のような髪。白くあどけなさの残る少年のような肌。艶めいてキラキラと煌めく宝石の瞳。天上の果実のような薄紅の唇。どんな美術品も敵わないほど美しいその顔で。
俺ら庶民と変わらないくだけた言葉を紡いで、不敵な笑みを浮かべて、豪快に笑いとばす。
神話や物語の神や御使いとは異なるけれど。その慈愛に溢れた美しさに触れて、思っていたものと違うと失望する人間はいなかった。
ラフェの全てが尊くありがたく美しいものだからだ。
ふと思い出す。
あれは、俺が幸運にも彼の家に招かれてすぐのこと。
どこもかしこも上質なもので囲まれて、立っているのも座っているのも緊張してしかたなかった彼の部屋で。
かの天使は、広いベッドで眠っていた。
片手は突き上げるように、もう片方の手は握って胸の上に、バラバラと投げ出して。跳ねのけたのだろうふわふわの掛布が、辛うじて腹と片足にだけかかっていた。布団から出たもう片方の足は、曲げた膝をベッドの端からはみ出させ倒れていて、どれだけ身じろいだのか、サラサラと光沢のある寝衣のスボンが、太腿の半分までずり上がって程よく肉付きのある美しい脚線を惜しげなくさらしていた。
普段は勝気で自信気な表情が閉じた瞼と長い睫毛の奥に隠されて、緩んだ頬はいつもよりも更に幼げで、しどけなく開いた唇にも威厳なんてものはまるでない。
天使の寝姿……?
まるで幼い子どものような寝乱れ方。すやすやと健康的な寝息を立てるラフェの姿は、神々しいイメージとはそぐわないけれど。
どんな創造物の中の女神や天使よりも、美しく思えて。
思わず跪いて祈りを捧げていたら、起き抜けに涙を浮かべて大爆笑されてしまった。
そして今は。
気が付けば隙間なくぴったりと身体をくっつけて、まるでしがみ付くかのように手足を絡ませて眠るラフェ。
ある日突然この世界からほとんど消えてしまったという魔法を常日頃から使って、常に腹を空かせるように魔力の残量をカツカツにしていて。それが魔力量の多い人間から吸い上げることができると気づいた時から、ずっとこうだ。
喉が渇いた時の水のように、腹が減った時の食べ物のように。魔力が減った時の魔力の補充は美味しくて心地よいらしい。
世の中に魔法が使える人間はそう多くはいないし、使えるのも簡単な生活魔法やド初級魔法を一発程度だけだ。それは、魔力の比重……密度のようなものが下がったからだとラフェは言っていたが。比重が下がっただけで、誰もが魔力を持っていて、魔法が使えなくても気力や体力なんかを補充しているらしいが。
難しい事は俺のような学も知識もないやつにはよくわからん。
取り敢えず、俺は魔力の量が多くて、身体が丈夫なのも体力があるのも、魔力で補っているからだそうだ。
こうやって接触して魔力を吸い取られているらしいが、全くもってどうもない。
でも、この役割を果たせるのが自分で、本当にありがたく思っている。
小柄なラフェに抱き着かれているのは、まさに大木にとまるセミ状態なのかもしれないが。
やっぱり間近で見るその健やかな寝顔は美しく。心地よさそうに頬を緩ませている顔なんかは、至高の美なのではないかなんて思う。
この姿が見られるのは、今のところ自分だけなのだと思うと。
その幸運を感謝せずにはいられない。
息を潜めて眩い程の寝顔をそっと見つめていたのに、人の気配や視線に敏感なラフェが眠たげに瞼を開いた。
「ん-、どうした?まだ早いだろ。休んどけよ」
まだ陽が射しこまない窓辺へとチラリと視線を投げかけ、あくびともため息ともとれるような深い息を吐いて、背に回ったままの手を伸ばしてわしわしと俺の頭を撫でた。
起こしてしまったのにも関わらず何の不服も見せずに、気取らない言葉も行動もあまりにも優しい。
一晩くらいこの幸福に感謝の祈りを捧げねばならないだろう。
あまりにも、綺麗だ。
額縁の中に飾られているような、美しいとされる形はしていないのかもしれない。それなのに、ラフェの存在が、どんな形をみせたって美しく輝いているんだ。
この方の側にいられる至福を噛み締めながら、それでも今では他の誰にだって譲りたくはないと思う。
恐れ多くも、身の程知らずにも、そう思ってしまっている。
本来は望むべくもない高嶺の花だとわかっていても。誰かにこんな姿を見せていることを想像するだけで、心の奥底がギリギリと激しい嫉妬に駆られてしまうのだから。
この高嶺に並べるように、出来る限りのことに励もう。抗えるところまで、抗って。
夢でもいいと思ったけれど。もう夢だったと諦められそうにない。
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