マラソン日数稼ぎ『この先はきっと青空』(第一倉庫ゆめのしま『真尋さんと酒井くん』の本編!未完結!!!)
ひぞうすとっく『この先はきっと青空』第1話 デアイ
「やだ、この子めっちゃ好み~♡」
可愛らしいパステルピンクの看板に、クリームみたいな白文字で『ヴィヴィ’s まっしゅるーむ』と書かれたレトロな木製扉の向こう。
大きな窓にレースのカーテン。程よく並べられたオークルベージュの四角いテーブルセット。ピンクと白に黒の交じった装飾品。
そんなものが文字通りの背景になるような、カラフルで統一感のないメイド服に身を包んだ女装子たちがテーブルの間を行き来して、飛び切りの笑顔でお客様をお出迎えする。
そんな女装カフェの一角で、一際目を引く派手顔の美人スタッフ『あひる』は、同じくスタッフである『みぃ』に紹介された友人のを見た瞬間に、純朴そうな男へと両掌を重ね身を乗り出して微笑みかけた。
「えっ、ほんと?まじで?すっげー嬉しい!」
長身に肉付きの良いぽっちゃり体型。気取らない、でも不潔感もないオーバーサイズのトレーナーにカーゴパンツ。人が良さそうな柔和な顔をほんのりと朱に染めて、言葉のままを表したようなキラキラした笑みで身を乗り出し返してきた年若いその男へと、あひるは自分の顔を計算し尽くした一番の見せ方で、口元の笑みを深めた。
チョロい。
あひるはそんな風に心の中でほくそ笑んでいる事をおくびにも出さずに、しまりなくにやけている男を篭絡すべく、策略を巡らせていた。
同僚、と言っていいものかは本業ではないので微妙なところであるが、今日は
みぃは二十歳の大学生で、小柄でかなり可愛い容姿をしている。大人しく多少ドライな性格ではあるが、この店の人気女装子の一人だった。
友達と店で落ち合って、それから一緒に飲みに行ける相手がいたら、なんていう話もしていたが、あひるは最初その話に興味を抱いていなかった。単に、年上に好みの相手が多いので期待していなかったのだ。
女装カフェ『ヴィヴィ’s まっしゅるーむ』は風俗店ではなく、あくまで健全を売りとするカフェだった。あひるはそれが気に入って、この店で本業が休みの日に週2日ほど働いている。風俗であれば客を選ぶことは出来ないが、ただの飲食店であれば勤務後に気に入った相手と連絡を取る事に関して、問題を起こさない限りは黙認される。
あひるが欲しいのは金ではなく、遊び相手だった。それも、自分を高く買ってくれる人がいい。あらゆる賞賛を浴びせてくれて、自分をこの上なくイイオンナに仕立て上げてくれる人。そんな自分を馬鹿げていると罵る冷静な自分には蓋をして、傲慢で奔放な女性を演じる。浮世の全てを忘れて、自分勝手な人間になれる時間を楽しんでいた。
お店を訪れる客の中に、好みの相手がいればとことん誘惑した。一夜きりの蜜夜に浸り、世界一魅力的だとちやほやされる時間が好きだった。
そんな遊びに付き合う相手は、だいたいが年上だった。だから、七つも年下の大学生の中に、自分の好みの相手がいるだなんて思ってもみなかったのだ。
だが、出会ってしまえばこの機会を逃すつもりは全くない。
「あひるで~す♡わたしとも、仲良くしてくれるー?」
顔を近づけて、少し傾ける。トントン、と顎を指先で叩けば、艶めいたリップに目が行かない男は少ないだろう、とあひるは計算している。
この不自然なほどテンションが高い空間では、それすらも浮いた行動にはならない。この店の女装子たちの多くは、女装が好きでやっている者だった。そしてだいたいが、可愛くなりたいし可愛いと褒められたいのだ。
あざとい、わざとらしい所作だって、声音や言葉遣いだって、ここではそんなに浮いたりしない。
長い睫毛を伏せがちに下ろし、それから上目遣いで男の顔を覗き込めば、にやけきった相手は柔らかそうな頬を朱に染めたまま、あひるをうっとりと見つめて早口で応えた。
「わー、あひるちゃん可愛い!美人!可愛い!!!仲良くする!めっちゃする!俺は
本当、チョロい。
何もしなくても簡単に堕ちてきそうな男の様子に、あひるの唇はにんまりと弧を描いた。
「あひる、美人とか可愛いとか言ってくれる人、だーい好き♡」
「言う言う、もう声が枯れるまで言うから!あひるちゃんすごい美人で可愛い!」
「うれしー♡ねぇ、みぃ、あひるも一緒に行こっかなー。今日はけぇちゃんのトナリ、座っちゃう」
「ぜひ!ぜひ来て!」
あひるがみぃに意味深な視線を向けると、呆れた半目のみぃが溜息をつきながら頷いた。
「……僕の友達だからお手柔らかにね」
かくしてあひるは、難なく好みの獲物を手に入れた。
チョロい。
上機嫌のあひるは、そんな自分を軽蔑する堅苦しい本体を逆に見下し鼻で笑いながら、今日も獲物を味わった。
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