ひぞうすとっく『この先はきっと青空』※微えろ注意 第2話 カンケイ
触れ合う唇は予想通りに熱く、急いた舌がおずおずと伸ばされて、ぎこちなく絡む。肌にぶつかる呼吸は荒々しく興奮の色を乗せていて、待てが出来ずに離れた唇を手荒く追う。その初々しく自分に翻弄されている様子は、ひどくあひるの嗜虐心を満たした。
「……けぇちゃん」
トン、と肩を押すとびくりと揺れた身体が離れた。戸惑いと欲情を映した素直な相手の顔へ、あひるは手を伸ばして口元に僅かに滲んだ口紅を指先で撫で取った。
「ちょっと待ってて。お化粧、なおしてくるね」
緊張にこわばって汗ばんだ頬をそっと撫で、耳元で囁くと敬也の喉がごくりと鳴った。
お化粧直しと称して離脱して、あひるは慣れた手つきで身体の準備をする。女性とさして変わらずに身体を開くための準備だ。
この準備がなかったがために、適当なホテルを見繕うのではなくて家に招いてしまったが、無害そうな相手だからそれも悪くないという気がしている。いっそ慣れないホテルよりも良いシチュエーションになったかもしれないとすら。
あひるのことしか見えてないどこまでもあひる好みの青年に、高揚しているのもある。出会ってからそう長い時間ではなかったが、その間の全ての時間をあひるに注いでいるかのような彼の熱量に、空っぽの胸が満たされていた。
慣れた準備を手短に終えて、それからほんの少しだけメイクとウィッグを整えて。
機能的で飾り気のないリビングへと戻ると、敬也はほとんど空になったミネラルウォーターのペットボトルを両掌で弄びながら、ソファーに座ってそわそわと遠慮がちに部屋の中を見渡していた。
「完璧」が好きなあひるの部屋は、こういう風に人を招く事も想定して繕っている。白と黒のツートーンのレザー調のソファーに、ライトカラーの木目調ローテーブル。フローリングにライトグレーのラグマット。白壁に並ぶテレビボードや棚、窓際のカーテンも同じような色調でまとめ上げている。男の部屋と言っても、女の部屋と言っても違和感がないだろう。
全てが完璧なはずだ。……そうでなければ耐えられない。
人を唆す時には勢いが必要だ。特に興味本位のノンケなんかには、待っている間に我に返って逃げ出したくなる男だっている。
あひるは彼がそうではないことに覚えた安堵を、当たり前だと不遜に上書きして微笑んだ。
「お待たせ」
敬也の丸みのある肩を撫でてから隣へと座り、緊張に縮こまる大きな体へと寄り掛かる。
あひるの顔を振り返り、敬也はふにゃりと微笑む。
「あひるちゃん、可愛い」
艶めいたリップに敬也の視線が留まったのを見て、あひるはゆっくりと唇に弧を描いた。
「可愛いって言ってくれる人、大好き。あひるは、あひるのこと好きな人が好きだから」
「あひるちゃんは世界一可愛いよ!可愛くて美人で色っぽくて……」
「ふふ、ありがと。けぇちゃん」
「あひるちゃん、好き!誰よりもたくさん可愛いって言うから!だって、本当に誰よりも一番可愛いし」
「あひるのこと一番好きな人、好きよ」
「誰よりも大好きでいる!」
賞賛を裏付ける熱量の瞳に満たされる。もっと、もっと欲しい。
この瞬間、あひるは世界の頂点に立つ女王様だ。
あひるが惑わした憐れな子羊が、そうさせてくれる。
戯れるように唇を重ねる。
さっきはぎこちなく応えていた敬也は、少しずつ慣れを見せて大胆に唇を割り開き口腔内へと舌を忍ばせる。
戸惑いを含んだキスが徐々に自分の色に染まって行くのは、あひるが好きな瞬間でもあった。
もっと、もっと、もっと。
求めつくして、高みに昇らせて欲しい。
天上の星よりも高い場所で、眩く輝く存在として。
「あひるちゃん……俺、……………期待、してる」
身を離した敬也は、あひるを真っ直ぐに見つめて嗄れた声で言った。
柔らかそうな白い頬が真っ赤に染まり、滲み出した熱気が鼓動を伝えてきそうなほど。全くにも裏がない、分かりやすい様子で。
「そう……」
あひるはその顔を笑んで見つめ返したまま軽く唇を啄んだ。
「でも、俺、………ホントに、キスだって初めてなくらいで……」
敬也は元々下がり気味の眉尻を下げて、困ったようにぼそぼそと呟いた。
「あら、じゃああひるでいいの?後悔しない?」
「そ、それはない!あひるちゃんみたいに綺麗で可愛い子に、後悔なんかするわけないよ!」
「ふふ、そうなの?」
「こんなこと言えるタイミングじゃないってわかってるけど、俺、あひるちゃんのこと本気で世界一可愛いって思ったし、好きだからっ」
駆け引きにならない直情は、あひるを上機嫌にさせるとともに、封印した胸の奥で不快なわだかまりを募らせる。
だけど、そんなことはあひるには関係ない。だって、あひるはどこまでも自分の事しか考えない、自由奔放で傲慢なオンナなのだから。
あひるを愛さない人間に価値はないし、あひるを愛することが他人の価値だ。
だから、もっと、もっとを強請る。
「ありがと。ねぇ、けぇちゃん。あひるのどこが一番好き?」
ソファーから立ち上がり、敬也へと背を向ける。
もっと魅せたい。ショータイムは続いているのだから。
「あひるはね、脚、かなぁ」
ソファーの背もたれへと手を伸ばして、上体を折り腰を突き出す。ゆっくりと自分の指でなぞり上げる脚へと、焼け付きそうな視線が注がれているのを肌で感じる。
「それから、お尻?」
そのまま膝丈のAラインスカートを指先で捲り上げ、しならせた腰にくしゃりと留めると、黒いサスペンダータイプの穴あきストッキングからは、大して気合を入れた訳でもない白のレースパンティが覗く。
今日に一切の期待も抱いていなかったから、今日の下着はあひるにしては露出もデザインも控えめだった。だけど、全てが初めてだという敬也には、丁度良いくらいなのかもしれない。
女性的なラインを描いた脚。小ぶりの尻は女性とは違って平坦で、だけど作り上げた流線を描いている。
だって、劣る訳にはいかないから。誰よりも魅力的でなければならないから。でなければ、手に入らない。
「ぜ…ぜんぶ、綺麗、すごい、色っぽい、し、心臓がついてかない、爆死しそう……」
チラリと背後へと視線を投げかけると、敬也は上ずった声で言った。その答えがあひるを深く満足させた。
引き締まったウエストから、見せつけるように指先に引っ掛けたストッキングのベルトを下ろす。
太腿に差し掛かる所まで薄っぺらい布を剥がしてから、あひるは敬也へと不敵に微笑んで強請った。
「ねぇ、けぇちゃん。脱がして?」
「えっ……う、うん………」
そろりと触れてくる指先が熱い。慎重に滑る掌が、偶然を装って腿を撫でて行く感触に身体が震えると、臆病な手はびくりと戦慄いて逃げていく。
荒い吐息が服越しに肌を撫でていく。それでも従順に自分のお願いを聞いている相手の姿に、あひるは恍惚を覚えている。
戸惑いを含んだ動きに合わせてストッキングを脱ぎ捨てると、大きな手の感触を直に肌で感じた。
「これも………いい?」
「ダメよ、けぇちゃん」
下着を指先で遠慮がちにつついた敬也に、あひるは身を翻して逃れる。
舞うような動作で敬也の隣へと膝をついてソファーに乗り上げ、肩にしなだれかかるようにして身を寄せ、触れそうな距離で敬也の顔を見つめた。
「だって、全部脱いだらただのオトコでしょう?」
「……でも、ぬ、がせたい…」
眉尻を下げる敬也の頬を指先で辿り、唇を撫でる。
間近で注がれる懇願じみた視線に心が躍った。
「イイ女を売るのなら、最後まで最高にイイ女でなきゃ。期待を裏切りたくないもの」
あひるはゆっくりと唇の端を引き上げて艶やかな赤を見せつけながら微笑んだ。
女として誘うのだから、最後まで女を演じ切る。落胆なんてさせない。そんな未熟な自分など許せる訳がない。
まごうことなき、あひるの信条だった。
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