ヒト
胎
ぼくは人工子宮で育てられて産まれた。
だから自分が何者なのか知らない。
熱狂的な科学者と、金儲けの亡者が手を組んで、秘密裏で行われた実験だったらしい。
だから、世の中にこの技術が認知される前から存在している。数少ない生存例だ。
ぼくは自分の親が誰なのかという答えを求めていたことがある。
検体提供者の情報は教えられない。
幼い日に告げられた言葉は、今となっては当然に思えた。違法な実験の検体が、なぜ正当に得られるだろうか。どこかから不正な流れで入手した細胞から作られたのだ。
今は亡きたくさんの兄弟たちのことも。遺伝的な親は、永遠に存在すら知らないままなのだろう。
ぼくたちを管理したAIは、ぼくたちに言い聞かせた。
「あなたは私の可愛い子どもよ。あなたが元気に育ってくれてうれしいわ。あなたは私の愛する子どもよ。誰よりも素晴らしい唯一無二の存在なのよ」
その胎にいる間には、AIはぼくたちの母だった。
だけれど、温かい人口羊水に満たされた薄布のような袋から取り出されてしまえば、もう彼女の管轄外だ。
今日もAIは自分の胎の子どもたちに愛を囁き続けている。ぼくたちの存在はもう思考の隅にも入らない。
産まれる前に聞こえてきたのは、家族の声や生活音なんかじゃなくって、研究員たちの会話くらいで。
産まれてすぐに戸籍上のぼくの親となった研究員にとっては、ぼくは自分の成果を確認するための実験体でしかなかった。
彼はぼくの問いに答えた。
ぼくは、研究室の子どもだと。
だから、ぼくは研究室の一員としてここで生きている。
親と一緒に過ごすのは、子どもとして一般的な生き方だから。
人間はなんで生きるのだろう。
ぼくの兄弟たちは、生きることがわからずに死んでいった。
ぼくも人間がわからない。
わからないから必死に擬態するだけだ。
限りなく人間に近い何か。
でも決して人間ではない何か。
ぼくは自分が何者なのかわからない。
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