マラソン日数稼ぎ『高嶺の大樹』

ひぞうすとっく【BL】『高嶺の大樹』第1話 天使と剣聖(sideネロ)

 ★★【BL】成り上がり剣聖×見た目は天使な腹黒上官の、崇拝×愛人契約★★


 この世は理不尽でクソな事ばかり。

 恨みごとを呪いのように抱いて意識を手放した先で、天使に会った。


「派手にやられたもんだなぁ。あ、動くなよ?動くなら知らねーからな」


 にじんだ視界の向こうに、太陽よりまばゆい金の髪と、楽園の樹木よりも穏やかなきらめく緑の瞳。こともなげに飄々ひょうひょうと、きっと二度と自分の意思で動かせないはずだった腕を癒していく温かな手。


「素行の悪い輩っていなくなんねーよなぁ。あいつら、前途多望なる若者ルーキーの未来を潰すってのは、この第三師団に対する反逆ってことも考えられねーバカなんだよ。腹立つだろうけど、俺が適当に罰しとくからバカだと思って呆れてやれ」


 そういって小さな体は離れて行った。ぼんやりと見上げていた俺へと手が差し伸べられて、何も考えられずにその手を握った。意外な力で引っ張られて、痛みは残るけれどなんとか動けるようになった体を立ち上がらせられる。天使は結構力持ちだった。


「ま、りずに頑張ってくれよな、新人ルーキー


 幼げな少年の顔で、天使は微笑む。

 帝国の大聖堂にある有名な女神像よりも、美しい姿をしていた。

 離れた掌が、ヒラヒラと挨拶代わりに振られて。

 見惚れているしかできない俺の元から、天使はその足で地を踏みしめて去って行った。



 「お前の父親は、立派な騎士様なんだよ」

 冴えない田舎町の食堂で働いている母は、事あるごとにそう言った。

 その父親に会った事もなければ、母が憐憫れんびんの目で見られる夢見がちな女性であったことには、幼い頃に気が付いていた。誰がどう見ても、ただのお手付きだった。

 暮らしぶりは裕福ではなく、かといって貧しいという訳でもなかった。街の子どもが仕事をするのは当たり前で、母子で働いていれば食事に困る事もなく、小さな部屋を間借りするのも問題なかった。

 街の子どもたちとって、騎士はとても人気があった。身分社会である帝国で、お貴族様にも裕福な商家にも生まれつかなかった自分たちが、唯一出世できる夢の職業だったのだ。

 嘘か本当かもわからないけれど、自分にも騎士様の血が流れているのかもしれない、と思うのは少しだけ誇らしかった。


 棒切れを振り回し、闘技場に忍び込んで剣士たちの動きを目に焼き付けて、それを再現できるまで夜な夜な練習に明け暮れた。場末の噂話にかじりつき、飲んだくれた末端の兵たちに話を聞いて、一三歳で闘技場に立つまでになった。

 十五歳で敵なしと言われ、帝都へと誘われた。選抜大会で優勝し、騎士団への入団が許された。それも、末端の警備団である第四以降の師団なんかではなく、宮殿の守護をする第一~第三師団のうち、第三師団の騎士の一人としてだ。平民として最大級の出世だった。


 今まで、それなりの辛酸しんさんは舐めてきた。小汚い平民風情、物乞いのごうく張りと言われるのも常だったし、見下され、殴られて唾を吐きかけられ、非難されてきた。

 騎士として認められれば、そんな理不尽から脱することができると、どこかで夢を見ていたのかもしれない。

 でも実際は、着任の翌日から大勢の先輩に囲まれて、肢体不自由になるほどの暴行を受けた訳だけれど。



 人ならざる者は、危機に際してしか救いをもたらしてくれないのだろうか。

 だとしたら、天使に出会うことができたのは、あの陰険な卑怯者たちの洗礼のおかげなのかもしれない。

 恨み言は浄化され、呪いはすっかりと清められていた。

 あの日から天使のお役に立てるように実力を磨き抜き、年一回の皇帝の御前試合で連戦を果たして剣聖の名をたまわった。第三代剣聖ネロ。姓ももたないただの平民に大げさな装飾がついた。

 そして、陛下に報酬を打診されて、欲望のままに申し上げたのだ。


「ラファエロ・デルカ・トレッティロ第三副師団長の元で末永くお仕え申し上げるのが、心よりの私の望みです」

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