第2話 着ぐるみ、襲来

「定員さん、ウチのおねえを助けてください!」

陽菜ひなちゃん、落ち着いて」


 ハッスルしている女子高生を、青年が小声で宥めている。


「だって裕太君だって聞いたでしょ!? いまどきありえないってば! 政略結婚? 何時代だっつーの!」

「親父さん達だって反対してただろう? あっちが勝手に盛り上がってるだけで、」

「お姉にまとわりついて勝手に盛り上がる奴って、今まで、ぜえ~んぶっ、タチが悪かったの! 本当に! 私が五歳ぐらいのころからずうっとよ!?」

「あぁ……あの顔だから?」

「あの顔だから」



 真顔でうなずきあう男女。この組み合わせには見覚えがある。

 つい先日、くぅちゃん様に縁組みしてもらった女子高生と今春からの大学生。

 それにしても政略結婚か。

 記憶にある限りは陽菜ちゃんとやらの制服、ごく普通の高校だったと思うのだが、実は良い所のお嬢さんだったりするのかね。



「最寄りの派出所までの地図、やはりお書きしておきましょうか」

「そういうの良いから! お姉に良い人を出会わせてください! いますぐ! 今日、明日で!」

「陽菜ちゃん、自作自演はやばいんだって言ったじゃん!」

「じゃあどうやったら妖怪さんを呼べるか教えてください!」

「陽菜ちゃーん、落ち着こう、どうどう……」



 裕太君とやらは頑張っているようだが、陽菜ちゃんは勝ち気な質なのだろう。もうこれ、話聞かなきゃ引かないな。



「個人情報が出てきそうですけど、この店は俺しかレジ担当いないんで。離れられないんですけど、それでもいいなら話くらいは聞きますよ」

「やった、ありがとう店員さん!」

「いいんですか?」

「話を聞くだけです。対応仕切れるとは断言しきれません」


「あのね、うちのお姉、妹の私がいうのもなんだけど、傾国の美女なの」

「ずいぶんと風呂敷広げますね」

「店員さん、わりとマジです。オレはポヤーとする前に恐れ多くなっちゃったくらいです」

「それで、物心ついた頃からすっごく理性的で、運動神経も良いし」



 陽菜ちゃんのお姉さんは、お顔が良くて早熟で頭も良い上にスポーツもできる人間らしい。

 なんだその完璧人間、漫画から出てきたか?



「そうじゃないと多分誘拐で死んでたくらいに顔が良すぎて、だから色々と出来る人なのは生存本能だと思うんだけど」

「なにそれ怖い」

「外に出るときはどっかに暗器仕込んどかないと、両親が心配して家から出してくれなくて」

「忍者かな? ていうか、そんなにやばいなら護衛をつけた方が」

「あの、陽菜ちゃんが荒ぶってるのがまさにそれなんス……」

「SPだって所詮は人間なのぉ!」


 彼の言葉に被せるように、陽菜ちゃんはバンとカウンターに両手を叩きつける。

 もう、憤懣やるかたなし、と言わんばかりの形相だ。

 女子高生が彼氏の隣でする顔じゃ無いと思うよ。でも裕太君は心配そうな顔しかしてないし、くぅちゃん様マジで仕事完璧だわ。



「頼んだらなんか道を踏み外す人が出ちゃうの! 昨日のも同僚の人達が気づいてくれたから、一応はヤバい事になる前に事前に止められたけど。でもこれからも大丈夫とは言い切れないっしょ!?」

「お姉さん、顔面呪われてるんですか」

「泣きぼくろが超セクシーだよ。セクシーすぎて人が狂うよ。男も女も見境無しに」

「妖怪がいるなら、案外妖精もいたりして。でもここ日本ですもんねぇ」



 裕太君、とっぽそうだけど鋭いな。

 話を聞いてるだけなのに、さっきからくぅちゃん様はずぅっと口元嘗め嘗めしているんだよ。

 顔面偏差値がヤベーのは確かなんだろうけど、そこにプラスアルファでそういうヤツラの祝福という名の呪いがかかっている可能性が高いってことか。

 それはまた、難儀な人生を送って来ただろう。


 ……よく十歳以上にまで生きてこられたな。



「うーん、そうですねぇ」



 くぅちゃん様にアイコンタクト。

 尻尾で椅子の脚をペシペシ叩く様子が、はよはよはよ! と手で机を叩いて催促するAAに見えてきて少しだけ笑いたくなる。

 この様子からして、来たら一発で悪縁喰いだ。


 とは言え、下手に断言すると相談だなんだと今後言ってくる人間が増えかねない。

 俺にあれこれ言われても困るんだよなぁ。

 くぅちゃん様がやってることだから。

 となるとだ。



「おれは本当にただの店員なので、断言は出来ないんですが。ひと月くらいはここに通ってれば、妖怪さんも発動してくれるんじゃないですかね」

「……やっぱり、すぐは無理?」



 おっと、今すぐどうにかしろと言い出すかと思えば、陽菜ちゃんも多少は落ち着いたか。

 頭に血が登っている時はどうにもなんないけど、話を聞けば勝手に自分で落ち着いていくって話は本当だったね。

 酒飲んだときの親父の話だったから、正直信じてなかったわ。すまんな親父。



「俺が今まで勤めてきた経験からですけど。たまーにお礼を言いに来る人の話を、ちょっと聞いただけの感想ですよ。今まで人間関係とかで苦労してきた人は、まあ割と早めに妖怪さんが発動しているかも、とは思います」

「じゃあお姉も!」

「でもこれ、調査結果としては分母数が少なすぎると思うんです。もしかしたらお礼にリップサービスみたいなことも含んでいたかもしれない。だから断言はしかねます、とだけ」


「そっかぁ……でも私もちょっと思い当たるところあるし」

「……オレもあるわ」

「裕太君も? じゃ、案外本当だったりしてね。とりあえず、お姉に定期的のこのお店に来て貰うのが確実かぁ。ごめん、ちょっとメッセージ送るね」

「あ、待って陽菜ちゃん。店員さん、この店の噂を知ってる人と知らない人だと、どっちが確率高いかとか、そういうのありますか」

「どうでしょうねぇ……個人的な意見としては、やっぱそういうことを知ってないほうが邪念も混じらなくて良さそうな気がするけど。ほら、妖怪1足りないなら影響しそうじゃないですか。物欲センサー」



「う」に濁点をつけそうな勢いで呻きを零して、二人は揃って頭を抑えた。

 あと、今まで聞くとも無しに聞き耳を立てていたらしき他のお客さんたちも、ちらほらと同じ仕草をしている。


 君たちねぇ、課金はほどほどにしなされよ。



「と、とにかく! お姉には良い具合に言いくるめて、できるだけこの店に来て貰うことにしたから!」

「出来たんですか? 話を聞くに、頭が良さそうな人の印象を受けたんですけど」

「あ、それなら大丈夫。さっき言ってた人間関係の苦労云々のやつね、お姉のストーカーから発展したやつなんだよね。お姉もさんざん謝ってたし、ちょっとおねだりしたらいける」

「陽菜ちゃん……」

「お姉の幸せのためなら、お姉の罪悪感だって利用するわ! あと、もう良いよって言ってもずっと苦しそうだったし、少し手間かけさせたほうが多少は気も紛れるでしょ」



 陽菜ちゃんが携帯をいじり初めて静かになる。

 これにて一件落着か。

 そう思った頃に、来店のチャイムが聞こえた。



「いらっしゃいまー……せ……?」



 途中で声が裏返る。

 SMSでバズったりしてから、まあまあいろんな人が来たけども。




 ……着ぐるみの狼頭を被って来た人は、さすがに初めて見たなぁ。






──────────────────────────────



昨日、初めて評価を頂きました。

ありがとうございます!

すっごく嬉しかったので、短編〆か長編化させるかで迷っていた妖怪1円足りないをちっとばかし続けることにしました。


すこしでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

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