ド田舎のオンボロ書店だが、人が出会いを求める限りウチの店は潰れない

白ごじ

第1話 書店に住まう妖怪1円足りない、その正体

 レトロな雰囲気と言うには風情に欠ける。地震が来たら寿命を迎えそうな、田舎にぽつんとある個人書店、『えにし屋』。

 SNSなんてものが出てくるまでは、近所の人がごく少数しか来なかった地域密着型のこの店には、実は昔から妖怪1円足りないが生息している。



「お買い上げありがとうございます」



 俺は営業スマイルを心がけながら本のバーコードを読み取る。

 初心者向けや時短を強調させた料理のレシピ本が二冊。見たところ俺より少し下くらいに見える。となると、おそらくは大学進学で実家を出たとか、そのあたりの人だろう。


 なるほど。

 何も知らない人だ。

 さて、どうなることやら。



「合計で2860円になります」



 金額を告げつつ、視線だけ本棚脇に向ける。そこにある椅子は人間様のためにあるものじゃない。うちの看板猫、「くぅちゃん」様のためにある。

 場違いにモダンレトロな椅子に、ふわっふわの座布団。

 いつもはぐーたらと寝ているだけでウチの看板を一手に担うくぅちゃん様だが、今は頭を起こしてこちらを──客の男を、じっと見ている。


 あーあ、これはこれは。



「あれ? あの、すみません。携帯決済は……」

「申し訳ありません。当店は現金のみの対応となっております」

「えっ、うわ、あの、じゃあやっぱり、電子マネーも」

「申し訳ありません」

「やっべ、足りるか?」



 くぅちゃん様が、ぺろりと口元を嘗めた。

 ご愁傷様。

 それとも、おめでとう?



「えーと、2000円と、800……うわ、50円玉がねえじゃん最悪。あったと思ったのに……1、2、3、4、50……マジかよ嘘だろ、1円足りねえ。すんません、一冊買うの止めます。えーと、どれを──」

「あのー。1円なら私が出そうか?」

「え?」



 急に後ろから声をかけられて、男は驚いた様子だった。声をかけてきたのは、制服からして最寄り駅から二つ向こうの女子高生だ。

 ここ最近、せっせとほとんど連日この店に来ては長編漫画を一冊ずつ購入し続けていた甲斐もあったね、良かったね。

 なんて感想になるのは俺とこの女子高生だけで、それは縁屋の噂を承知だからで、何も知らない男からすれば困惑するだけの提案だったのだろう。



「えーと、いや、助かるけど、悪いから」

「1円じゃん」

「いやでも、学生からお金を借りるのは、なんか、こう」

「お兄さん社会人なの?」

「……大学生だけど」

「じゃ、同じ学生だね。どうぞ」

「……ありがとう、めっちゃ助かる」



 やたらとニッコニコご満悦な女子高生から硬貨を受け取り、俺はレジを打ち切る。



「はい、2860円ちょうど預かります。レシートになります。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」



 次の女子高生の漫画を受け取り、レジを打つ。

 その間に男は女子高生に話しかけていた。



「ありがとう、助かった。えーと、よかったら近くの自販機でなにかおごらせてほしいんだけど」

「いいよ、お兄さんいまはお金ないんでしょ?」

「現金だけだ! 電子マネーならあるぞ」

「田舎なめんなー。駅じゃないと無いよ、電子マネー対応の自販機とか」

「マジで?」

「マジもマジ。私これから友達ん家行くし。縁があったらまた会うでしょ。じゃあね~」



 ひらひらと手を振って店を出て行く女子高生を見送り、男はしばらく経ったあと、こちらを見た。

 途方に暮れた顔の見本かな。



「まあ、あの子の言った通りだと思いますよ。縁があれば、また会うでしょうし。その時に困っていたら、今度は貴方が助けてあげればよろしいのでは?」

「はぁ」



 気の抜けた返答をして、男はとぼとぼと店を出て行く。

 そんなひと組の男女を見守っていた他の客達が、一斉に止めていた息を吐いた。

「ほんとうにあるんだ」「やべーな」「いいなー」「いつか私にも」なんて囁きをBGMに、俺は次の客から本を受け取る。



「お買い上げ、ありがとうございます」



 くぅちゃん様は、また丸まって椅子の上で眠っていた。







 ──なんてことが一週間前にあったなぁ、と思い出す。



「店員さん、助けてください、店員さん! オレはどうすれば……!?」



 平日の昼間はさすがのウチも客足は少ない。

 店に入ってきて早々、素早く周りを見て、人気がないと確認してから小走りに男が近づいてきた、と思えばこの必死さよ。



「何かありましたか? 近くの派出所までの道なら、」

「そうじゃないんです! あの、オレ後からここの噂を聞いたんですけど」

「噂ですか。さて、どの種類のものでしょう」

「あの、ここ、すごい縁結びの店だって。1円足りないとき、助けてくれた後ろの人が相手で、次に同じことが逆で起きたら、成立? とかなんとか、でも、なんか悪縁も良縁もレベルがやべーって!」

「まあ、事実ですね」



 この店での妖怪1円足りないの縁結びがきっかけで結婚したカップルは、大体江戸時代から数えて五百組は最低越えるらしい。

 爺さん曰く、この店は銭単位の金額が扱われて居た貸本屋時代から、めちゃくちゃ気合いを入れて近所でも隠匿された縁結びスポットだったらしいし。

 ただ、SNSでバズることも増えた最近は、悪縁掴んで死にかけた、なんて話しもざくざくと湧いて出てくる。

 とはいえ。



「あの女子高生、悪い子には見えなかったけど、でも女は裏の顔がやべーって言うし。見抜ける自信なんてないんスよ、オレ」

「確かに悪縁の話もあるんですが、あれは自業自得ですよ。悪縁を掴んだのって、結局は自作自演で作ったやつですから」

「自作自演?」

「最初に買うものを決めて、税込みの値段を確認して、財布にそれより1円だけ少ない金額だけ持っとくんですよ。そうしたら簡単にできる縁結びっぽくなるでしょう? ウチの店は、バズった後から噂を知ってる人が多めに来るので、そういう場面に会えば大体乗りますから」

「なるほど」

「本物は妖怪です。きちんと本を買える値段が財布に入ってるはずなのに、何故か家の貯金箱に戻ってるとか、そういう不思議なことが本当に起こるらしいですね」

「あ、マジですよそれ。俺、あの時50円玉があったと思ったのになくて、家に帰って机の上見たらしれっと50円玉ありましたもん。勘違いかと思ってたけど」

「じゃあ大丈夫ですね」



 ここまで言ってもまだ不安そうなので、俺はひと肌脱ぐことにした。

 他人をリア充化させることになぜ注力するのかって?

 妖怪1円足りないは、妖怪だからだ。

 この店の出来事は、妖怪の行動が結果的に人助けに結びついている珍しいパターンでもある。

 せっかくの状況なのだから、そのまま人助けで終わらせてやりたいじゃないか。


 正直なところ、妖怪1円足りないが変に気を回したら惨劇になりかねないんだわ。現場が店になられると、本当に困ります。俺スプラッタ苦手なのよ。



「じゃあ、分かりやすいように例えましょう。妖怪自身ならセーフで、自作自演が何故駄目か。お客さん、SNSのアカウント乗っ取りって、聞いたことはあるでしょう」

「それは、もちろん」

「同じですよ。縁結びの妖怪にしてみれば、自分が何にもしてないのに、自分の名前で人間が好き勝手してるってことです。それ、まともな縁を繋げると思いますか?」

「あぁ……」

「オイタの躾に、悪縁をプレゼント。そういうことですよ。お客さんは、自分じゃ何にもしてないんでしょう?」

「そりゃ、はい。知らなかったもんで、何をするもクソもねぇです」

「じゃあ大丈夫ですね。あとこれは独り言ですけど、貴方の出会い運は、平日でも休日でもとにかく夕方頃にウチに来れば万事OKだと思います」

「それ、言っちゃって良いんスか?」

「個人情報なんて、ひと言も漏らしてないでしょう。ま、最近思ったようにいかなくて、ちょっと落ち込んでいるお客さんが居た気がするな~とだけ言っときますね」

「ああ、あの子も噂を知って……た……」



 思い出せたかな、ニッコニコだったよな。

 つまり、縁結びの相手がお前でまんざらじゃ無かったって訳だ。

 そういうことにやっと思い至ったのか、男は耳まで赤くなってやがる。

 男の赤面なんてお呼びじゃないぞ。

 出直しやがれ、しっし!



「お客さんのラッキータイムは、十六~十八時の間くらいじゃないっすかねー」

「えっ、あ、はい! ありがとうございました、店員さん。おっ、オレ、ちょっと出直してきますね!」



 急に前髪を気にして自分の服を見直してと、忙しそうな客の背に手を振る。

 これにて一件落着。

 店の中に客が誰も居なくなったことを確認して、俺は出て行った男の背中を見ている猫の形をしたソレの頭を撫でた。



「つーわけで、くぅちゃん様。特になにもしなくていいぞ。ほっといても上手くいくから」



 くぅちゃん様は俺の顔を見上げたあと、特に何も反応もせず、いつものように眠りの姿勢に入った。



 さて。

 お客さんにはああ言ったけれど、あれは納得させるための言葉で、事実というわけでもない。


 真実を言ってしまえば、縁屋の妖怪1円足りないは──壱縁喰いくぅちゃん様は、悪食なのだ。

 形のある物は美食屋なのだが、形のないもの。

 つまりはその名の通り、縁を喰うときはむしろ悪縁を好み、良縁を不味がる。



 くぅちゃん様は、自分がピンとくるような悪縁の匂いに釣られて、悪縁を喰う。彼はかなり穏当な妖怪の部類に入るので、喰った縁の補填に自分にとっては不味いだけの良縁を与える。

 くぅちゃん様は何百年経っても人間の価値観を理解仕切れてはいないが、そうすると人間が喜ぶことは知っている。

 繰り返せば、あとは寝ていても勝手に飯が向こうからやってくることも。


 では自作自演にはどうして悪縁を渡すのか?

 知っておいて欲しいのは、縁喰いという妖怪の中でも、くぅちゃん様はゲテモノ食いの部類に入る。

 つまりは同族でも同じ好みの奴がいない。皆無とは言わないが、とにかく少ない。

 普通の縁喰いは良縁を好むから、彼と同じ手法はとれない。


 さて。

 ここで、自分とよく似た手法をとろうとしている人間がおるじゃろ?


 多分ね、くぅちゃん様としては善意なんだ。善意で、数少ない食の好みの同類(かもしれない)(人間に見えるけど細かいことは気にしない。妖怪なので)に、とっときの悪縁を渡しているわけだ。

 同好会とか、愛好会とかさ。

 入ってくる同志が少ないと、滅多に無い新規参入予備軍が出てきたら、張り切ってプロモーションかけるだろう。

 同じだよ。

 SNSのバズりで自作自演が増えたのも、彼にとっちゃ、自分のお裾分けの成果が実った! としか思わない。


 ウッキウキで無敵にご機嫌だよ、多分。

 じいちゃんが店番をやっていた頃は本当に寝ているだけだったらしいけど。

 俺の時代は、たまーにだけど尻尾振ったり、片目だけ起きてお客さんと目を合わせたり、くぅちゃん様にしてはビックリするくらいのファンサをしているからな。



 なんてことを考えていると、来客のチャイムが鳴った。



「いらっしゃいませー」






 妖怪1円足りない、を改め、悪食壱縁喰い様のいらっしゃる店はここ、縁屋。

 合縁奇縁、良縁悪縁、なんでもござれの縁のるつぼ。

 悪縁を握るか、良縁を得るかはさて貴方次第、妖怪次第。



 今日もどこかで、猫の形をしたナニカが、きっと口元を嘗めている。



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