第53話

 俺は暗い海にかえってきた。テトラポットに座り込んで、ただ泣いた。

 あの海に沈めたら、どれほど楽だろう?

 裕太の血がついた自分の手を舐めた。生臭い味がする。

『お父さん』

 俺は暗い海の遠くまで、見つめた。あと一歩で沈めるところまでいって、寒さに震えながら、『ぜんぶ凍ってしまえ』と願った。命も心も人間も、世界も、すべて。

 裕太と一緒に凍れる音楽を見上げた瞬間を後悔した。何も始めなければ良かったのに。でも、きっと、幾千億の並行世界があっても、俺は絶対、裕太への怨みを晴らさずにはいられない。チョコを海に落として、冷たい波音を聞きながら、目を瞑った。

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