第52話
栄治の手にあるのは、ハサミだった。刃を剥き出しにして、僕の傍に立っている。
『どうして?』
命がどれほど面倒なものかを思い知った。この期に及んでも、栄治の心は溶かされていなかった。
心が溶ければ、俺は死んでしまう。裕太を殺したがっていたのに、殺される羽目になる。ハサミに指をからませたけど、殺気なんて込められなかった。もう殺意の次元じゃないんだ。これから死ぬ勇気もなく、生き恥を晒すなら……裕太を切り裂くしかない。
裕太は立ち上がると、俺のジャンパーを脱いで、「きりなよ」と誘った。俺が身構えると、ハサミをもつ手に触れてきた、俺は反射的に振り払って、その勢いのまま、刃を振り落とした。
また振りかぶって、火傷を目がけて、刃を落とした。かたい肉の感触が伝わった。俺は裕太の胸ぐらをつかんで、何度も、何度も、火傷を刃で殴った。醜い顔がぐしゃぐしゃに散らかっていく。コンビニ店員に買ってもらった白いインナーにも赤い血が飛び散った。床にも飛び散った。
激痛に襲われているくせに、裕太は歯を食いしばって、叫ばなかった。その態度が癪に障った。いつまでも暴力を終わらせられなくなる。
「死ね!」
俺は絶叫して、裕太を押し倒した。裕太は俺の力に抗わなかった。俺は何回も「死ね!」と叫んで、憎悪を火傷にぶつけた。遂に刃が頬をつらぬいて、食いしばる歯にぶつかった。
「!」
歯茎まで切られて、僕は呻いた。喉の奥にも、血が流れ込んでくる。
その時、店員が慌てて、控室に入ってきた。血まみれの僕達に向かって、「やめろ!」と怒鳴り、間に割り込んだ。栄治はコンビニから逃げ出した。
店員は救急車を呼んで、「すぐ病院にいけるからね!」と言った。暫くして、サイレンの音が鳴り響き、僕は担架に乗せられた。店員は警察に栄治のことを通報していた。僕の意識はだんだん遠のいていった。
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