第48話

 その日は雪が降った。僕が塾の帰りに電車を待っている時、電話が鳴った。非通知だ。妙に胸騒ぎがして出ると、「裕太」と明るく響いた声音は、栄治だった。僕の動悸は激しくなった。

「どこにいるの?」

 必死な僕と正反対に、栄治は悠々と「故郷」と答えた。

「大紀さんは?」

「いない」

「どうして? ……一緒に出ていったんじゃなかったの?」

「はぐれた。裕太も探すの手伝ってよ」

「いいけど、栄治の故郷って、どこ?」

「勿来」

 勿来は僕がいるM駅から、十駅以上も下らねば着かない。

「きてよ。これが最後だから」

「最後?」

「もう電話をかけない」

 僕の前に糸が垂らされた。たった一本の糸……僕は迷わず、つかんだ。

「分かった」

 間もなく到着した電車に、僕は飛び乗った。栄治に詳しく事情を聞こうとしたけど、「勿来駅で待ってる」と言われて、切られた。

 また携帯が震えたけど、母からの電話だった。迷いながら出ると、「いつもより遅くない?」と心配された。

「ちょっと、自習をやりすぎて」

「もう駅に迎えにきたよ」

「うん……」

 栄治と連絡がついた、と伝えるべきだった。母も栄治と話したがっているから。二人で車に乗って、勿来駅に向かってもよかった。でも、僕は躊躇した。

 もしも母に伝えて、『警察に連絡しないと』と言われたら、栄治はどうなるのか? その判断は正しいとしても、栄治は勿来駅に僕が来ることを望んでいるんだ。

 きっと、これで本当に最後だから……僕は母が待つS駅でドアが開いても、おりなかった。

 長い間、電車の中で揺られた。ようやく、S駅のあるI県から、勿来駅のある福島県に入った。車窓の中で、白い雪がどんどん降り積もっていく。

 修学旅行で、栄治と電車に乗って、凍れる音楽を見にいったことを思い出した。あの時から、何もかも変わった。

『本当に、終わるんだ』

 僕は携帯の電源を切った。母からの連絡を受けないために。

『誰も悪くない、はずなんだ……きっと』

 僕は目を瞑った。

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