第47話

 僕は自分の部屋に閉じこもって、栄治の父親に電話をかけた。

 映像を消したことを聞いて、ひとまず安心した。学校を休んでいることを心配すると、「暫く、いけないと思う」と言われた。

「……あの」

 何と言えばいいのだろう、と悩みながら、「学校で会いたいと、お伝えください」と頼んだ。

「ありがとう。優しい子だね。ご両親と、仲良くね」

 唐突な言葉に戸惑いつつ、僕は「はい」と答えた。大紀が黙っているから、母が栄治と話したがってることも告げた。

「無理だよ、栄治は裕太のママのこと、大嫌いだから」

「………………」

 大紀の言う通り、栄治は母に執着が無いように振る舞っていた。それが本心か意固地か分からないけど、この二人が会わずに終わるなんて、ありえないと信じている。どうにかして、二人を繋ぎたいけど、大紀から「じゃあね」と告げられ、電話を切られてしまった。つうつうと虚しく鳴る音を聞かされた。

 一階に降りて、母に電話で聞いたことを伝えた。母は深刻そうに「分かった」と言い、大紀に電話をかけたけど、繋がらなかった。

 翌日も、栄治は学校に来なかった。僕は佐山に映像が消されたことを告げた。佐山は喜んでくれたけど、僕は嬉しくなかった。不穏な黒いシミが残ったまま、永遠に消えないようだ。

 さっさと僕から去ろうとする佐山に最後に告げた。

「もう、佐山に酷いことしないから」

「……なんのこと?」

 睨まれて、僕は言葉に詰まった。その数秒で時間切れになって、佐山は遠のいた。『このまま見過ごされていくんだ』……そんなの、よくないはずだ。僕は何度も佐山に怒鳴られて、泣き叫ばれて、暴力まで振るわれる妄想に耽った。僕は『ごめんなさい、ごめんなさい』と必死に謝っている……けど、これって結局……佐山が加害者で、僕が被害者のようになっている。やっと気づけた瞬間、成仏するように妄想は消えた。僕は既に目の前からいなくなった佐山に向かって、もう自分を哀れむ謝罪なんかしなかった。『胸の大きい彼女を下心むき出しで犯しまくった僕』を、そのまま呑みこんだ。

 それから、一週間、二週間、三週間経っても、栄治は学校に来なかった。

 一か月以上、経っても来なかった時、僕は栄治のアパートに行って、ベルを鳴らした。誰も出なかった。ドアノブに手をかけると、キイッと開いた。「栄治」と名前を呼んでも、シンとしている。部屋の中に入ったけど、誰もいない。僕は迷った挙句、警察に相談した。

 栄治と大紀が、僕の世界から消えてしまった。僕は不安になった。初めて、他人の為に抱いた不安だ。

 二人が見つからないまま、時は流れていく。僕はなす術も無く、受験勉強をした。何もせずにいれば、心が蝕まれてしまうから。どうでもいい試験問題を解きながら、平穏無事な毎日を過ごしたけど、ずっと自問自答が続いた。

『本当にこれでいいの? 僕は狡いんじゃないの? 本当は何かできるのに、目を逸らしてるだけかもしれない。僕って……僕さえ助かれば、よかったのか』

 栄治と大紀が行方不明になったまま、十二月を迎えて、高校受験日が刻一刻と近づいた。このまま何も終わっていないのに、終わったようになることを恐れた。二人を純粋に心配しながら、自分が永遠に二人を犠牲にした罪人になることを恐れた。

 伊藤家と加藤家、どちらにも非があるとしても、結果的に、これまで通りでいるのは伊藤家で、加藤家は消滅した。僕は栄治と大紀がいないおかげで、幸福だったことを思い知った。僕の幸不幸の手綱は、栄治と大紀が握っていたんだ。

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