第46話

 健司がアパートでくつろいでいると、ドアベルが鳴った。鍵を開けると、そこにいたのは大紀だった。

「明理に教えてもらったんです」

 健司は立ち尽くした。夜逃げしたのに、借金取りに居場所を突き止められた債務不履行者のように怯んだ。大紀は好戦的な眼差しを向けてくる。

「一応、確かめたくて」

「何を?」

「先輩って、本当に明理と一緒にいたいんですか?」

「………………」

「家族を失いたくない、だけじゃないですか? 親権を譲らない気でいるんでしょ?」

「何だって、いいだろう。お前は夫婦に愛情が必要だと思い込んでるのか?」

 大紀は「今更」と吐き捨てる。

『いまさら』

「……まさか、愛情が無いなら、離婚しろと頼みに来たのか? 情けないな」

 健司は勝者らしい態度を繕った。

「お前は栄治を愛してやれ。それが義務だろう? 自分でそう言ってなかったか? 俺の記憶違いか?」

「俺は十分、栄治を愛しましたよ、だって、それが俺の業だから」

 大紀は目を見開いた。健司は狂気を感じて、警戒した。

「分かっているなら、こんなところにいないで、帰ってやれ」

『お前こそ、幸せな家庭に帰れば?』

 大紀は嘲笑い、「そうですね」と答えて、去った。健司は一度、閉じたドアを再び開けて、大紀の背中を見ながら、「待て」と呼び止めた。

「栄治のこと……悪かった」

 健司は頭を下げたが、大紀は振り返らずに、歩き続けた。

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