第45話

 翌日、僕は学校に行った。ボッチでも、自分に頼もしさの欠片を抱きながら。友達がいないと恥ずかしいとか、そういう小さい悩みに惑わされている場合じゃないから。

 昼休み中、僕は佐山に声をかけて、校舎裏に来た。栄治の父親に映像を消してもらうように頼んだことを告げた。佐山は「ホントに大丈夫かなあ」と首を傾げる。

「たぶん、大丈夫」

「……やっぱり、警察に相談した方がいい気がしてきた」

「ダメだよ!」

 僕は反射的に叫んだ。

「なんで? ネット上に流れたら、完全に消すの無理なんだよ?」

「栄治を犯罪者にしたくない」

「あんな奴の味方になんの?」

 佐山に怒りをぶつけられて、心苦しくなった。

「栄治があんなことをした理由を知ってるから……責められない」

「何それ? 話してよ!」

 僕は首を振った。

「家族に関わることだから」

「私も被害に遭ってんのに、酷いよ」

「ごめん」

 僕は頭を下げた。佐山に不誠実だと分かっていても、親の不倫まで語るのは無理だ。佐山は溜息をついた。

「……そんなに栄治を怖がらなくていいんじゃない? どんな事情があるのか知らないけど。あんなに酷い脅しをされても庇うのは変だよ」

「………………」

「とりあえず、相談するだけなら逮捕されないから、行こう? セックスを撮るだけで犯罪なら、AV監督みんな犯罪者だし」

 僕は首を振って、必死に頼み込んだ。

「一日だけでいいから、待って! 今夜、栄治のお父さんに聞くから! 消していたら、警察にいくのはやめてくれる?」

「………………」

 佐山は憮然として、「一日だけね」と受け入れた。僕は「ありがとう」と頭を下げた。

「栄治が学校にいたら、直接問い詰められるんだけどね。始業式にも来なかったんだよ」

「え?」

「連絡もつかないしなあ……どうしよう?」

 佐山は背のびをした。大きな胸がシャツにはりついて、突き出ている。

「ごめん」

 ふと、僕の口から謝罪の言葉が出てきた。

「何?」

 佐山に見つめられると、ふらふら僕の目は泳いだ。

「……光太に、セフレなんか勧めたり……佐山に酷いことをしたから……」

「………………」

 僕の謝罪は再び無視された。忌々しい性欲と裏切りは宙づりにされて、ずっと彼女の前に晒されている。ただ沈黙し、冷ややかに見られている。許しも救いも、もたらされるわけないんだ。好き放題に蹂躙したくせに、今さら虫のいい話だ。

 僕がうなだれていると、両肩に手を置かれた。鉛のようだった。顔がビクッと上がった瞬間、栄治にビンタされた時の光景と痛みが蘇った。ヒリヒリ火傷が燃えた。

「またすればいいじゃん。どうせそういうもんなんだから」

 絶望的な諦めを明かされた。鉛は力なく、離れていった。彼女は僕という人間に、男に、期待なんか一切してないんだ。

「避妊なんか、いくらでもできるから」

「……でも」

「今更やめてよ、鬱陶しい」

「………………」

 チャイムが鳴った。佐山はそれ以上、何も語らずに去った。僕は彼女の後について、足をひきずるように歩いた。もう謝罪することさえ、許されなくなった。そもそも、謝罪と許しと救済というハッピーセットが実現するなんて、幼稚な思い込みだったんだ。

 栄治が学校に来ないことにも胸騒ぎがするまま、校舎に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る