第40話

 その日の晩、母が入浴している間、僕は一階におりた。ダイニングテーブルの上に置かれた母の携帯電話を手にとって、連絡帳を開いた。

 探し求める人は、すぐに見つかった。『加藤さん』という素っ気ない名前で登録されている。特別な間柄ではないように。僕は電話番号とメールアドレスを、自分の携帯の中に登録した。

 ……メールの履歴を見れば、『加藤さん』が本当に加藤大紀か確かめられるかもしれない。便箋のマークに触れて、スクロールしていくと、母と『加藤さん』のやりとりが見つかった。

 不気味なほど事務的な文章で、父と別居することを『加藤さん』に報告している。こんなことを伝える相手は加藤大紀以外に考えられない。『加藤さん』からの返事は〈今、電話で話せる?〉だ。母は〈話せません〉と返している。『加藤さん』は〈離婚するの?〉と聞いている。ゾッとした。

 母は〈親権は譲らないと言われました。子供のことは考えずに、二人のどちらがいいかで決めろと頼まれました〉と返している。怖いのにやめられなくて、僕はメールを盗み読み続けた。

『加藤さん』は〈いつ会える?〉と聞いている。母は〈平日の昼間なら、いつでもいいです〉と返している。『加藤さん』が〈じゃあ、会いたい時に連絡して〉と返すと、母は〈分かりました〉と返す。そこで、やりとりは終わっていた。

 物音が聞こえて、僕はすぐに母の携帯を置いて、二階に駆けあがった。自分の部屋に鍵をかけて、すぐ『加藤さん』にメールを送った。震える指で少しずつ文字を連ねた。

〈突然、連絡してごめんなさい。栄治のことで、相談があります。無関係な子を巻き込んでしまったので、助けてください。このメールのことは、誰にも話さないでください。お願いします〉

 自分の電話番号も添えて、祈るように、メッセージを送信した。

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