第38話

 夏休みの間、三人でセックスに耽った。僕は塾に行かねばならない日も、映像を流すと脅されるから、栄治のアパートに行くしかなかった。光太から塾に来ないことを心配されたけど、体調不良だと嘘をついた。何も打ち明けず、裏切りを繰り返した。

 栄治は避妊することを禁じた。佐山を妊娠させたがっているようだった。親の罪を僕達の間で繰り返すんだろう……僕は気づいていたけど、佐山は純粋にセックスを楽しんで、僕達のドロドロを受け入れ続けている。子どもを孕む気配は全く無い。セックスが終わる時も『もっと気持ちよくしてよ』と馬鹿にしてきた。

 夏休みが終わるまで、あと一週間に迫った。この日も塾があったけど、光太には体調が悪いと嘘をついた。佐山とS駅前で会って、一緒にアパートに向かう途中、ぽつりと聞かれた。

「栄治は何を欲しがってるんだろう?」

 佐山に事情を明かす気にもなれず、僕は黙った。

「私の子どもが欲しいのかな? 悪いけど、避妊してるから、無理だけどね」

「え、でも、コンドームつけてないのに」

「避妊具って、それだけじゃないよ」

「え……」

 どっと力が抜けた。よかった、じゃあ、親の罪を繰り返さずに済むんだ。少し安心していると、佐山に聞かれた。

「なんで栄治って、裕太も誘うの? 三人でやるのが好きなの?」

 佐山が頼もしくて、僕は事情を明かす気になってきた。

「栄治は僕を怨んでいるから……佐山に中絶させて、僕を人殺しにしたいんだよ」

「何それ? 最低じゃん」

「………………」

「ビデオが厄介だよねえ。映像があるせいで、栄治から逃げられないし」

 僕は罪悪感を刺激された。

「撮影している時、僕がとめるべきだった……ごめん」

 佐山は謝罪を無視した。

「栄治のアパートにビデオがあるよね? 奪えないかな?」

「………………」

 佐山は「なんか楽しくなってきた」と好戦的に笑う。僕はドキドキした。

「アイツに一泡ふかせない? 裕太が栄治の尻にしかれてんの、こっちまで恥ずかしくて見てらんないし」

「……うん」

「ビデオを消してって、頼もう!」

「そんなに直球で大丈夫かな?」

「アイツは拗らせてるから、裏をかいたら逆に憎まれるんじゃない? 直球が一番、安全な気がする」

 不安を抱えたまま、栄治のアパートについた。いつものことだが、すぐにセックスをするわけではない。くつろいでいる間に、佐山が「あのさ」と切り出した。僕は緊張した。

「あの時、撮影した映像って、残ってる?」

 俺は「残ってるけど」と答えた。佐山が妊娠しないし、映像を流してやろうか……そうすれば、裕太なんか簡単に破滅させられる。

 でも、親と同じ罪で殺せないのが面白くない。それに、映像を流したせいで、大勢の人間に騒がれるのも鬱陶しい。二人きりで繋がっていた罪の世界が、薄汚い好奇心の目に曝されるのも不快だ。

 いっそのこと、裕太の両親に見せてやろうか? 裕太が不潔なことを知れば、愛情を失うかもしれない……考え込んでいたら、佐山に頼まれた。

「あの映像を流すのは絶対にやめて。そのためなら、何でもするよ」

 俺は佐山を見ずに答えた。

「だったら、裕太の子を妊娠して。そんで、産むか中絶しろ」

「なんでそんなことさせたがるの?」

 佐山は気持ち悪がっている。俺には本当の理由を話す気なんか無い。

「人がセックスしたら、本当に子どもができるのか、知りたいだけ」

 佐山は説教臭いことを垂れてきた。

「中絶はしんどいし、嫌だよ。栄治が人の命を軽いもんだと思ってるのも吐き気がするわ」

「じゃあ、お前らがやってる姿を、色んな人に見せてもいいの?」

「駄目に決まってるじゃん!」

 佐山がキレたから、俺は嘲笑った。

「逃げ道なんか無いのに。なんで妊娠しないの?」

「しづらい体質なんだろうねえ」

 佐山は交渉を仕掛けてきた。

「中学を卒業するまで、妊娠できなかったら諦めて。映像を消して」

「………………」

 俺は『中学を卒業するまで』という言葉を、心の中で繰り返した。俺だって、永遠に裕太に執着するわけじゃない。囚われていることが虚しいんだ……心が澄まないまま、「いいよ」と答えた。

「今日はお前らだけでやって」

 栄治に命令されて、佐山は僕を見た。僕は栄治を見た。栄治は佐山を見ずに聞いた。

「本当に子どもができたら、どうする?」

 佐山は「中絶する」と即答する。

「裕太は?」

「……佐山次第」

 佐山がそっと触れてきた。僕がビクッと震えた時、栄治が出ていこうとしたから、佐山は切り込んだ。

「どうしても、裕太を殺人犯にしたいの?」

 栄治は振り返った。

「私に中絶させて、裕太に子どもを殺させたいんでしょ? なんで?」

 栄治は険しい目つきで、答えた。

「お前は何も考えなくていいんだよ。体だけ使わせろ」

「私は裕太から聞いたんだよ!」

 僕はサッと青ざめた。

「どこまで聞いた?」

「栄治が裕太を怨んで、人殺しにしたがってる、てこと」

「………………」

「私の体を使うくせに、何も教えてくれないの? それとも、詮索するなら映像を流すって脅す?」

「ああ、そうする」

 栄治は僕を睨んで、告げた。

「佐山に申し訳ないと思ってんなら、お前が自殺しても、映像は消してやるよ。お前さえいなくなれば、何もかも終わるんだから」

 佐山は「そんな――」と言い、僕の背中をさすった。

「俺がいない間に部屋をあさっても、映像は見つからないから」

 栄治はドアを閉めた。

「自殺なんか、しなくていいよ」

 佐山は立ち上がり、「帰ろう」と促す。僕は不安になって、「いいの?」と聞いた。

「いいでしょ……もう出ていこ!」

 一緒にアパートから去った。遠ざかっていく栄治の後ろ姿が見える。でも、僕達は追わなかった。佐山は「暑いし、コンビニでアイス買って食べよ」と言った。

 僕は佐山の力に引っ張られて、眩しい日差しの下を歩いた。今、一人なら、栄治に抉られた心の傷が黒々と膿んでいくはずなのに、佐山のおかげで、そうならなかった。

 賑やかなS駅前の商店街を歩いた。

「やっぱ、店に入って何か食べない?」

 僕は誘いを断れず、一緒にファミレスに入った。佐山は「パフェでもいいかなあ」と楽しそうに言う。そこに影が近づいてきた。僕はその影を見て、一瞬で罰が当たったんだと悟った。

 光太が冷たい目で、僕達を睨んでいる。

「体調が悪いんじゃなかったの? なんで俺の彼女とデートしてんの?」

 この偶然は僕の罪悪感を貫いた。どうして、今に限って、会ってしまったのだろう? 運命としか考えられない。

 佐山は光太を睨み返した。

「私が頼んで、勉強を教えてもらったの!」

 受験勉強で相手にしてくれない彼氏への当てつけのようだ。

「俺がこないだ勉強会に誘っても、のらなかったくせに」

 栄治に脅されて、セックスに付き合わねばならなかったせいだが、佐山は打ち明けずに、言い返した。

「束縛しないでよ、セフレを許すくせに」

「まさか、裕太をセフレにしてんの?」

 佐山は「違う」と否定した。光太は「本当に?」と聞く。

 僕に選択が迫られた。正直に答えるか、嘘をつくか。僕は口を開いた。でも、何も出せない。光太は痺れを切らした。

「裕太は嘘つけないもんな? ……あれ、でも、体調不良だって嘘ついてたか。じゃあ、今も違うって言えばよかったのに。まあ、お前がそんな奴だと思わなかったよ」

 光太は去ろうとした。佐山はその腕を引っ張った。

「いくらなんでも、自己中すぎるでしょ! 光太がセフレをつくれって、言ったくせに!」

 周りの客に気まずい言葉が聞かれないように、佐山は小声で訴えた。光太は僕を一瞥した。

「普通、友だちの彼女に手を出さないだろ」

「そもそも彼女にセフレをつくれだなんて、普通じゃない!」

「裕太が提案したんだよ」

「……え?」

 佐山は目を見開いた。僕は恥ずかしさと罪悪感で圧し潰された。

「俺ともセフレになれよ? 一回もやらないんじゃ、お前と付き合った意味がないし」

「死んでも嫌」

「じゃあ、裕太とやってろ。気持ち悪い火傷と」

 その言葉は僕の心を深く抉った。『気持ち悪い火傷』だから、虐められていたのを救ってくれたのは、光太なのに。僕は堪らず、去っていく光太を追いかけた。

 その腕をつかんだけど、振り払われた。それでも、また腕をのばして、強く引っ張った。

「触んな!」

 怒鳴られたけど、僕は頼み込んだ。

「……絶交する前に、どうしても言いたいことがあって」

「何?」

「……虐められた時、助けてくれたお礼を言えてなかったから……ありがとう……」

 鼻で笑われた。

「今更そんなこと言って、裏切りを帳消しにするつもりか?」

「………………」

「哀れみかけてやったのに」

 ……やっぱり、光太にとって、僕との付き合いはそういうものだったのか。僕は立ち尽くして、離れていく光太を見送った。

 隣に佐山が並んだ。

「僕のせいだ」

「……私のせいでもあるよ」

 アイスもパフェもいらなかった。

「まさか、裕太がセフレを提案したとは思わなかったなあ」

 佐山に幻滅されながら、僅かに言い訳をした。

「光太が、佐山とやりたいけど、別れたくないって言うから」

「意外だった。裕太って、そういうこと知らなそうだったのに」

 僕も『汚いセックス』の仲間入りを果たしたんだ。

「提案を受け入れた私も悪いけど」

 佐山の瞳は真っ暗闇だ。僕の瞳も真っ暗闇だろう。汚れのなめ合いをして、うつむいた。

 佐山と別れて、家に帰った後も喪失感から立ち直れなかった。初めてセックスした時を思い出して、後悔した。その気になれば、抵抗できたのに、なんで。僕は何度も『僕のせいだ』と自分に言い聞かせて、懴悔するしかなかった。

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