第36話

 翌日、両親には塾だと嘘ついて、S駅前で佐山と会った。佐山は半袖に短パンを着ている。巨乳が目立っているし、お尻も大きい。中学生とは思えないほどグラマーで、ドキドキした。「ついてきて」と言われて、一緒に歩いた。

「……光太とは、どうなったの?」

「いいかんじ」

「これから、どこに行くの?」

「ついてからの、お楽しみ?」

 佐山は微笑んだ。友人の彼女と一緒にいて、落ち着かなかった。

「今、光太と会ったら、どうなるのかな」

「気にしなくて、いいんじゃない?」

 光太と佐山の付き合いは上手くいってなさそうだ。きっと、光太は受験勉強に集中しているのだろう。佐山にセフレをおしつけて。提案したのは僕だ……物凄く気まずかった。

 三十分くらい歩いて、小さなアパートに着いた。階段をあがって、ドアの前で立ち止まった。鍵がかかってなくて、佐山はいきなりドアを開け放った。中に入って、狭い廊下を進んでいくと、ベッドに栄治がいた。「ああ、きた」と笑っている。狼狽える僕に「佐山とセフレになったんだよ」と告げて、ビデオカメラを渡してきた。

「これから佐山とするから、撮影してほしいんだけど」

 首を振ると、栄治は佐山を捕まえて、ナイフを突きつけた。

「言うこと聞かないなら、切っちゃうよ」

 突然の凶行に、佐山は怯えている。

 本当に切るわけない……僕は栄治の虚勢を見下した。何の凄みもない。でも、ナイフを見ていると、血が噴きだす妄想に襲われた。自分の首が切られるような気がした。

 栄治は「はやく!」と威嚇する。その時、刃がこすれて、佐山の首から血が丸く噴き出した。栄治は気づいてないけど、ナイフを握る手に力がこもって、血が一筋、流れていった。佐山が苦しそうで、僕も怖くなって、栄治に従った。

 ビデオカメラを構えて、撮影をはじめた。助かる方法を考えたけど、佐山の服が脱がされる様子を眺めていると、頭が真っ白になっていく。

 本当に、するの? ……僕の恐怖の奥底には、性欲が潜んでいる。光太の恋人だ、助けないと、ていう正義感はあるけど、栄治は佐山のセフレだし、セフレを提案したのは僕だ。そもそも悪いのは自分なのに、今さら正義を振りかざすなんて卑怯だ……そう考えながら、自分の性欲を正当化した。

 佐山と栄治のセックスを撮影したことがバレたら、光太との友情は壊れるだろう。でも、光太を失っても、もういいって、実は思っている……今、栄治はナイフを手にしていないから、その気になれば抑え込めるけど、撮影をやめられなかった。

『それに、佐山は抵抗してないし』

 レンズの中で、血の流れた首筋がぼやける。

『佐山が別にいいと思ってんなら――』

 ブラジャーが外されて、巨乳が露わになった瞬間、考えることを捨てた。コンビニで売られているエロ本の表紙より、よっぽど衝撃的で、目も性器も直撃された。栄治が大きな胸を揉むけど、グニャグニャした動きで、枷を外されたように感じた。妄想の中では、勇敢に『やめろ!』と怒鳴って、佐山を助けているけど、現実の僕はビデオカメラを構えたまま、微動だにしない。完全に正義感は性欲に屈した。不甲斐なさは、どこかに吹き飛んだ。栄治に弄ばれる佐山の裸に釘づけだった。

 最低だ……分かっていても、見たい衝動を抑えられない。ビデオカメラ越しに、戯れる二人を眺めながら、僕が栄治にかわって、やりたいとさえ望んだ。

 栄治は佐山の体を適当に食い荒らしている。あっさり巨乳を弄るのをやめた時、『もっと触りたい』と、僕は欲しがった。

 栄治は無遠慮に佐山の短パンも脱がした。そこに何も秘められていない、と告げるように。佐山に股を開くように命令すると、「裕太」と呼んだ。僕は胸を見れても、性器をすぐに見ることはできず、戸惑った。

「俺が脱いでいる間、あそこ映しといて」

「………………」

 僕が従えずにいると、腕を引っ張られて、ビデオカメラを佐山の性器の前で止められた。

「穴が見えるように広げてよ」

 佐山は栄治に従って、唇のようになっている襞を広げて、何もかも露わにした。そこには何も無い、と告げるように。僕はレンズ越しに、とうとう見てしまった。グロテスクだった。でも、何もかも、そこが始まりだと知った。何のために空いている穴か、何で塞げばいい穴か、本能で分かる。

 佐山が「はじめて見るの?」と聞く。僕はビデオカメラから目を離して、そこにいる佐山と目を合わせた。首には血の流れた跡がこびりついている。

 近くにいたのに、同じ空間にいたのに、彼女は遠くに在ったようだ。ビデオカメラで隔てられた別世界にいた。僕は突然、好きだった女の子の真ん前で性欲が暴かれる恥を覚えた。自分の性器から何か出ている……他人が性欲で犯した罪で、自分の心を搔き乱されたから、こういうことに嫌悪感や不快感を抱いてきたはずなのに。僕は性欲が駄々洩れている自分の性器を直視できなかった。

 これが、僕? 分からないままでいたかった。でも、いい加減、分かりたくもあった。だって、そこに穴があるから。黙り込んでいると、「そのうち見なれるよ」と佐山は告げた。

「私も見せなれたもん」

 他の女子にも当てはまる言葉か分からない。佐山は同級生の女子達から『ヤリマン』と陰口を叩かれているから。

 裸の栄治が画面の中に入ってきて、僕はビデオカメラの奥に戻された。

 栄治は躊躇せず、佐山の性器を指でほじくった。穴の中に指を突っ込んで、わざとらしく音をたてると、「きこえる?」と聞いた。レンズ越しに、目が合って、僕は動揺した。自分の性欲を、栄治には晒したくない。いつも、僕とセックスの間に入って、苦しめてくるのは栄治だから。そうして、栄治に自分の心も体も占められているのが恥ずかしかった。

 栄治は佐山の性器を舐めた。僕には聞こえていた。性器がなる音も、佐山の嬌声も。勃起した栄治の性器が穴の中に入った時、佐山が大声で鳴いた。ぞわっと鳥肌がたった。栄治が何度も何度も佐山を突く姿を見た。ずっと、嬌声は鳴り響いた。同じことを、きっと……僕は何度も何度も親の罪を直視した。

 でも、そうやって、栄治は産まれた。僕も産まれた。コウノトリが運んできたんじゃない。栄治は人間だし、僕も人間だ。これを罪だと感じる僕が間違ってるのか? 普通に生きている人間のくせに、セックスを汚物扱いして、妙に抵抗して、綺麗なままでいる方が罪深いのか。

 暫くして、栄治は射精したらしく、動かなくなった。僕は我に返って、撮影に集中した。栄治はやけに苦しそうな顔をしている。息を切らしながら、こっちを向いて、「裕太」と呼んだ。さっきと同じように、レンズ越しに目が合った。汗ばんだ笑顔が紅潮している……僕のお母さんと、そっくりの顔が。

「あそこ、撮って」

 腕を引っ張られなくても、佐山の性器にビデオカメラを近づけた。すると、穴の中から白いドロドロが溢れ出た。僕は息をのんだ。栄治は穴の中に指を突っ込んで、ぐいぐいと掻き出した。白いドロドロが流れた。

 僕は『終わったんだ』と知った。虚無がむせるほど漂っている。乱れた息を落ち着かせて、ビデオカメラをもつ力を緩めた。

 解放されると思った瞬間、栄治が画面の中で、こっちを指差した。その先にあるのは僕の性器だ。栄治はビデオカメラを奪い、佐山に命令して、僕の性器を舐めさせた。

 栄治は「気持ちいい?」と蔑むように聞く。僕は快感に耽った。細くて小さい、ろうそくの炎はあっさり消された。

 初めて、射精した後、栄治が僕の性器に爪をつきたてた。そのまま裂かれて、出血する妄想に襲われた。再起不能になる恐怖を感じた。

 栄治は苦しむ僕を見ながら、刺激を与え続けて、再び勃起させた。僕の体が心と矛盾した。

「ほら、やりなよ」

 栄治は僕に、あの穴に入ることを促した。まだその周りには、栄治の白いドロドロが垂れている。僕は性欲に支配されて、虚ろなまま、穴に沈んだ。

 栄治にこの姿を撮影されている。僕は穴の中に、何度も何度も沈んで浮くことを繰り返した。あの時、聞いたこと……栄治に見せられたこと……全く同じことを犯している。佐山の嬌声が鳴り響く。その嬌声をあげさせているのは自分だ。他の誰でもない、僕だ。

 栄治は僕を同罪人に堕とした快感に耽っている……無我夢中のまま、僕が穴の中でいく瞬間も見送られた。ニヤニヤ蔑む栄治の顔が心にへばりついた。

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