第31話
翌日、裕太が塾で模試を受けている間、加奈はソファーに座っている両親に話しかけた。
「裕太はもう、自分が孤児だってこと知ってるよ」
突然の告白に両親は驚いた。父は「加奈が教えたのか?」と聞く。
「大紀さんの子どもにバラされてるよ。うちも全部、知ってる。おばあちゃんに聞いたから」
父が「どうして――」と言うのを、加奈は遮った。
「お母さんの実家の場所は、大紀さんに教えてもらった。うちがこの家にいた時、手紙がきたんだよ。誰宛か分からなくて、勝手に読んだら、大紀さんからだった。うちが返事を書いて、連絡を取り合うようになった」
母は栄治に手紙を送っていたが、返事をもらったことは無い。去年、栄治と会って話すまで、読まれていたかも分からない状態だった。大紀からの連絡も、引っ越してくるまで、どのような手段でも受けたことは無い。だから、大紀が明理に手紙を送った事実は、加奈以外、誰も知らなかった。
父は「どうして、そんなことしたんだ」と叱った。加奈は深刻そうな両親を嘲笑うように答えた。
「家族にも、プライバシーってあるんだろうけど、ぼろぼろな手紙を見て、気になったんだよね。送るか、送らないか、ギリギリまで迷ったんでしょう」
加奈はいつまでも性欲の後始末に翻弄されている親達を哀れんだ。その罪を裕太にバレないように、必死になって隠す姿も滑稽だ。
「いっそのこと、謝罪すれば? うちが話したから、裕太はぜんぶ知ってるし。たぶん、許してくれるよ」
「………………」
両親が沈黙して、加奈は苛々した。
「何もかも知ってる裕太の前で、平気でいられるなら、そうすれば? ……でも、せめて、裕太が孤児だってことを隠したことだけ、謝ってもいいんじゃない?」
すると、両親の表情に差が出た。父は申し訳なさそうだが、母は不機嫌になっている。加奈が「どうすんの?」と問い詰めると、父は「今すぐには決められない」と答えたが、母は「なんで謝罪しなきゃいけないの?」と言い放った。父も加奈も驚いて、母を見た。母は語った。
「女子高生のくせに、妊娠したのは馬鹿だったよ。でも、ちゃんと産んだでしょう? 孤児院に預けたけど、ひきとって育てたし、もう一人の子も大紀が育ててくれた。裕太のことも大事に育てたし、責任はとったのに、どうして言わなくていいことを、わざわざ言わなきゃいけないの? 隠し事をしないのが、そんなに正しいの?」
母は加奈を睨んだ。
「加奈ちゃんは私を軽蔑してるみたいだけど、母親が軽蔑に値する人間だって、裕太に分からせて、何になるの? そんなに私を辱めたいの?」
加奈は恐れながら母を見下ろして、「そんなつもりない!」と言い返した。
……今でこそ、両親の問題に向き合えているが、初めて祖母から聞かされた時は受け入れられなかった。自分も裕太も孤児だと分かっていたけれど、両親からは『不妊症で子供ができなかったから』、引きとったと聞かされていた。だから、祖母から軽蔑まじりで、親達の過去を聞かされた時、裏切られた苦しみを味わった。裕太には話せなかったが、母の望みで嘘を重ね、父親達が『未成年淫行罪』を免れたことにも吐き気がしていた。
しかし、裕太がそうであるように、加奈にも両親から愛されて、大事に育てられた記憶があるから、矛盾した心を抱える羽目になった。帰省もせず、一人暮らしをしながら、自分の中で折り合いをつけていくしかなかった。
父と加奈に見られる中、母は断言した。
「私は絶対に裕太に話さない。加奈ちゃんが裕太にバラしてくれて、むしろ都合良かったよ。裕太は今日も変わったところは無かったし……もし私が嫌いになったら、反抗するはずでしょ? このまま裕太が納得して、黙ってくれるなら、私も黙っている」
加奈は母の言葉を受けて、父を見たが、父は何も答えない。溜息をつくしかなかった。
「そっか……じゃあ、お母さんは自分さえ責任とれてると思ったら、それでいいんだね? 裕太が傷ついてるかどうかは、どうでもいいんだ?」
「傷ついても、私は裕太を大事にするから」
「父さんはどうするの?」
父は暫く考えていたが、「血の繋がりが無いことを隠したことは、謝るべきだろう」と言った。心のこもりきってない、空々しい響きがあった。母は黙っている。
加奈は責めても悪びれない母と、責めたら悪びれた父を見比べた。どっちが良いとも悪いとも決められず、幼い頃から両親に抱いていた絶対的な信頼感を失った。
「……子供に自分がやらかしたことを隠したいのは分かるよ? 変な嘘ついたりしてさ。でも、それが……自分を守るための嘘だったら、やっぱり悲しいな」
加奈に責められて、父が口を開いた。
「不誠実で悪かった。けど、俺達のやったことは、子供のお前達に話して理解させられるものじゃなかったから……かと言って、お前達が大人になったら、白状するつもりでも無かった。何も知られず、隠し通せるなら、そうしようと決めていた……ごめんな」
「裕太にも、そう言って謝る?」
父は母を見る。母が答えた。
「お父さんが勝手に謝っても、私は裕太に求められるまで、謝らない」
父は口をつぐんだ。加奈は「そう」と冷たく言い残して、リビングから去った。
自分の部屋に閉じこもり、力が抜けたように、ベッドに倒れた。心が圧し潰されて、動くことが出来なかった。
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