第29話

 翌日から、僕は栄治と話さなくなった。二人とも孤立したけど、栄治と関わろうとする連中は男女関係無く、まあまあいた。美しい顔の人と親密でありたいという単純な人間の欲望が、そわそわと集まっていた。

 難なくボッチを脱した栄治を眺めて、僕は自分が邪魔な存在だったことに気づいた。皆、僕がいたせいで、栄治と関われなかった鬱憤を晴らしているみたいだ。

 僕の周りには、誰も集まらない。人から距離を置かれることに慣れていたけど、悲しくなった。どうして僕だけ、という被害妄想で頭が濁ってくる。

 昼休みになると、つい光太のいる教室に向かった。尊敬の念を失っても、人気者の光太といれば、ボッチの惨めさを誤魔化せるから。そういう卑しい自分が嫌いだ。

 小学生の頃、不登校になった時と同じくらい、学校生活が鬱陶しくなった。かと言って、家に引きこもっても、心は休まらない。狭い世界の中で、逃げ場は無かった。傍から見れば、自分が幸せ者であることも分かっていたけど、絶望的だ。

 一週間後、終業式を迎えて、夏休みが始まった。僕は塾の夏期講習に参加しながら、黙々と受験勉強する日々を送った。

 うわべでは、伊藤家の日常は何一つ変わらない。けど、その奥底で、僕の心だけ、閉じこもっている。不倫や生い立ちの苦しみを訴えて、両親を裁くわけにはいかないから。血の繋がりがないと知ってからは、猶更、そんな権利は無いと思った。

 裁いたところで、何になる? 父と母が反省すれば、満足できるの? 離婚して、家族が崩壊して、天涯孤独になったら、それこそ最悪だ。ならば、自分の孤独なんか抑え込んでしまえばいい。辛くて、悲しくて、耐えられないなら、誰も知らない暗闇で勝手に泣けばいい。

 両親と顔を合わせる一日が終わった後、一人で勉強している時、手に痛みが生じるほど、筆圧が強くなることがある。それでも、一心不乱に問題を解いて、偏差値をあげていくしかない。一流の高校や大学の合格を手にいれて、解放されるために。それが自分も家族も一番、幸せになれる道のはずだから。

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