第27話
僕は憂鬱を抱え込んで、学校に向かった。今日も栄治に会うんだ、と思いながら。家と学校と、限られた世界に閉じ込められて生きている。逃れる方法は一つしかない……『とにかく、受験勉強しないと』と、自分に言い聞かせた。教室に入ると、案の定、栄治が話しかけてきた。誘われるまま、教室から出た。
階段の踊り場で向き合った時、裕太が変わったことに、俺は気づいた。目つきも鋭くなっている。惨い真実を知って、強気になるなんて妙だけど、恐怖の裏返しかもしれない。俺は意地悪く聞いた。
「最近、親がどんな風に見えてる?」
裕太は「いつも通り」と答えた。
「嫌な気分じゃない? ずっと、騙されてきたのに」
「全然」
淡々と即答する裕太の気持ちを確かめたくて、俺は瞳を探った。心を閉ざしているのか、微動だにしない。
洗脳されてんのかな? 十五年も溺愛されて。洗脳を解けば、裕太の心を殺せるかもしれない。両親の愛情は純粋なものではなく、傲慢な贖罪だと分からせてやるんだ。俺が考え込んでいると、裕太は口を開いた。
「もう親のことで、話し合うのはやめよう」
「……また孤児になるから?」
これが皮切りになって、会話が食い合う獣みたいになった。
「そうじゃなくて、家族が壊れるのが嫌なんだよ。自分がどうとか関係無い」
「嘘つくのに?」
「それでも……憎むことなんてできない」
「馬鹿だなあ」
僕は苛立ちながら、もう一つ準備した言葉を、出来る限り、淡々と告げることに決めた。そうしないと、容赦なく噛みつかれて、心から出血させられる。
「僕は不倫を許すよ。養子だったことを隠されたままでもいい。だって、僕を大事に育ててくれたから」
不安な動悸を鎮めながら、断言した。栄治は鼻で笑う。その姿を見ながら、『馬鹿にするなら、しろ!』と心中で叫んだ。声音を冷たくして、栄治に告げた。
「僕の両親を離婚させて、お母さんを奪いたいんでしょ? でも、無理だよ」
栄治は首を振る。
「そんなもんいらない」
母を『そんなもん』と吐き捨てられて、頭に血がのぼった。
「お前がしつこく、僕の家族を壊そうとしても、相手にしないから」
僕はバリケードを築いた。栄治は「お姉さんのことは気にならないの?」と聞く。
「……気になったら、自分で聞くよ」
「家族の中で、一人だけ仲間外れなの寂しくない?」
僕が姉とも血が繋がらないことを示す言葉だ。一体、栄治はどこまで知っているのだろう? 自分が知らない自分のことを、謎の転校生が知っているのは不気味だ。
「はっきり言って、お前の母ちゃんビッチだよ」
幼児が、お前の母ちゃんデベソ、とからかうように、栄治は言い放った。その瞬間、ぷつんと何かが途切れた。ずっと、張りつめていた糸が――心を脅かす緊張のやりとりが――途絶えた。
僕は勝ったのか? 栄治が負けたのか? 幼稚に振る舞う栄治は怪しい笑みを浮かべている。まだ僕を不安に突き落とす事実を隠しもっているようだ。それとも、負け犬の遠吠えをしているのか?
栄治の口を塞ぐために「どうでもいいよ」と言い放った。栄治は黙っている。僕は念をおすように告げた。
「受験勉強に集中したいし、僕はもう栄治を相手にしない。他の人と仲良くしてよ。僕は一人ぼっちでもいいから」
同じクラスで、僕が関わっているのは栄治しかいない。でも、もう栄治とは仲良くしていられない。同情はすれど、執着するべきじゃないんだ。僕は止めを刺すように言い残した。
「栄治も僕なんか気にせず、受験勉強に集中しなよ」
「………………」
教室に戻る僕の首を、栄治が絞めてきた。
「!」
一瞬で冷たい手は離されたが、ゾクッとして、振り返った。
『狂ってる』
栄治は満足したように、笑っている。
「こちょこちょみたいなもん」
殺意を幼く装う栄治から逃れて、僕は走り去った。
俺は裕太の後から、同じ教室の中に入った。その時、耳に届いた明るい声の方を見た。男友達と談笑している佐山……あの馬鹿そうな女、裕太の心を殺すのに役立つかもしれない。
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