第26話

 俺は大紀のために、酒の肴をつくっていた。その機嫌が悪いことを、肌で感じながら。テレビから、賑やかな音が聞こえるけど、明るい雰囲気にならない。

「!」

 背後から、抱きつかれた。

「疲れたよ、ママ」

 鳥肌がたって、包丁を握る手に力がこもった。ガムテープで縛る虐待をしたくせに、忘れてしまったのか? 大紀の重みに耐えられずに懇願した。

「ママって、呼び間違えないで」

「なんでよ?」

「俺を虐待するくせに」

「………………」

 大紀は離れた。

 この感覚って……レイプされた女と同じ?

 肴を皿に盛りつけて、机に置いて、ベッドの隅に座った。必死に大紀から離れようとした。でも、ほんの少しの距離しか無い。狭いアパートだから、逃げ場なんか無い。せいぜい、トイレか洗面所、浴室くらいだ。あとは、ガムテープで縛られた時、閉じ込められた物置だけど、二度と入りたくない。

 大紀が振り返り、じっと見てくる。下品な赤ら顔……もう大分のんできたんだろう。

「たべる?」

 俺は首を振った。大紀は酒を向けて、「のむ?」と聞く。また首を振った。大紀はテレビを観ながら、晩酌を続けている。俺は寝転んで、大紀に背を向けた。すると、強く腕を引っ張られた。鬱陶しくても、起き上がって、「何?」と聞いてあげた。

「酒のむようになったら、一緒に居酒屋いこう」

 想像できないけど、「うん」と答えてあげた。大紀は満足そうに笑い、トイレに入った。俺は強く引っ張られた腕を撫でて、蹲った。どんなに辱められても、拒みきれない自分が嫌いだ。

 大紀はトイレから出ると、俺に覆いかぶさった。素直に『やめろ!』と叫べばいいのに、「風呂に入ってきなよ」と窘めた。大紀は「疲れた、無理」と囁く。吐いた息が首筋にかかって、震えた。

 裕太が、育ててくれている親に文句を言えない、と語ったことを思い出した。俺も大紀に捨てられたら、生きる術も無く、死ぬしかない。

 目の前に横たわる大紀の腕を見つめた。『怖い』と心の中で呟くと、涙が滲んだ。父親にレイプされている娘みたい。

 自分の腕に顔を埋めた。大紀は眠りについたらしい。俺も必死に目を瞑った。涙が瞼の淵にへばりついた。

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