第18話

 塾の帰りの電車内で、光太が相談してきた。

「恵梨香って、ホントに長谷川とは付き合ってないんだよな?」

「うん。一週間ぐらい見てたけど、話してなかったよ」

 僕はちゃんと佐山の浮気調査に付き合っていた。

「こないだ、恵梨香に責められたんだよ。『私に興味無いの?』って。受験勉強で疲れてんだって言ったら、『じゃあ別れる?』ってさ。普通、励まし合うもんだよな?」

「うん……」

 佐山が光太の受験勉強を邪魔しているのが不愉快だ。光太の人生が狂ってしまう。大袈裟だけど、僕は唯一の友人である光太が崩れる姿を見たくなかった。

「佐山と別れたら?」

 破局を勧めたけど、光太は顔を赤くして、黙っている。

「別れたくないの?」

「いや、正直言うと……一回もやらずに別れるのは嫌なんだよ」

 光太はごにょごにょと白状した。あまりにも単純な理由で呆れた。

「そんな理由かよ!」

「だって、恵梨香って可愛いし、いい感じじゃん?」

 いい感じ、とボヤかされても、言わんとしていることは分かる。二年生の時、僕と同じクラスの男子が女子を胸の大きさでランクづけした。佐山は一位に君臨していた。グラビアアイドルのような体つきをしているから。水泳の授業でも、目立っていた。僕もランキングの投票をさせられたから、とりあえず佐山を選んでいた。

「じゃあ、やれば?」

 光太が佐山とやっても、正式な恋人だし、母の不倫とは別問題だと、自分に言い聞かせた。光太はうーんと唸っている。

「最悪の事態になったら、受験どころじゃなくなるだろ」

「……確かにそうだけど、今の時点で集中できてないじゃん」

「だよなあ。昨日だって、恵梨香に誘われたんだよ。断ったけど! くそっ!」

 急に光太が叫んだのが面白くて、僕はふっと笑った。でも、最悪の事態に……光太が佐山を妊娠させて、中絶させるような事態に陥ったら、笑えなくなる。親友の光太を軽蔑するかもしれない。

 僕がうつむくと、光太が心配そうに覗き込んできた。

「なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

 僕は咄嗟に「大丈夫」と嘘ついた。光太は親友だけど、悩みを相談できなかった。自分のことを他人に話すこと自体、苦手だから。何故か栄治とは、自分のことを深く話し合えているけど……僕の心に深く入り込んでいるのは、親友の光太より、栄治の方だ。

 青く暗い部屋の中で、栄治に抱きしめられた瞬間を思い出した。不安なのに、安心する矛盾した感覚に囚われた。その気持ち悪さから逃げるように、「成績が上がらなくて」と、どうでもいい悩みを装った。

「まだ部活やってる奴もいるし、夏休みから挽回できるよ」

 光太の助言は毒にも薬にもならない。僕は殆ど聞いていなかった。栄治の影を振り払うために提案した。

「気分転換する? アルプス一万尺とかで」

 最近、僕のクラスでは、子どもらしい手遊びが流行している。皆、初めて衝突した社会の壁(高校受験)から、逃避したがっているのだろう。光太は「なんでだよ!」と笑うけど、「いいから」と促した。

 二人で「せっせっせーの、よいよいよい」と、ふざけて遊んだ。光太は戸惑って、苦笑している。僕も空っぽの笑みを浮かべた。一瞬だったけど、愉快で幼稚な気分に浸れた。

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