第10話
俺が大紀と暮らすアパートに、アカリが来ていた。テキパキと部屋の片づけをしている。「伊藤明理みたい」と言うと、「それは双子の姉ちゃんでしょ」と言い返された。
「どうして、伊藤明理は真面目なの?」
「伊藤明理だから」
「どうして、伊藤明理だから、真面目なの?」
「家族を守るためでしょ?」
「俺達は家族じゃないの?」
目が合ったけど、曖昧に避けられた。
「大紀から、ぜんぶ聞いてるんでしょ?」
「………………」
「私達は一緒になれないから」
アカリは独り言みたいに呟いた。俺は聞こえないフリをした。
大紀が「ただいま」と、帰ってきた。アカリが「おかえり」と笑顔で迎えている。二人とも、本当に嬉しそうだ。大紀がアカリにキスをした。その姿をじっと見た。家族じゃないんだ、と確かめながら。
大紀が陽気に「晩ご飯つくるよ」と言うけど、アカリは「私がつくるよ」と言い返して、具材を切り始めた。すると、大紀が背後に立って、アカリの手を使って、無理やり具材を切ろうとした。
「危ない! 私の手を切っちゃうでしょ!」
「ハハハ!」
見てはいけないものを見た気がして、俺は目を逸らした。二人は戯れながら、料理を続けた。俺は二人の会話に耳を澄ました。
「――アカリのホクロって、独特だよね」
「え?」
「首に変なホクロがあるけどさ、背中にも、線で結んだら正三角形になる位置に、ホクロがあるじゃん」
「へえ、自分じゃ気づかなかった」
「そりゃ他人にしか見えない位置についてるから」
三人で晩ご飯を食べた後、二人は身支度を整えた。
「出かけてくるね」
「俺もいきたい」
「この間、水族館に行っただろ?」
「今日はどこにいくの?」
聞いても答えてくれないと分かっていて、聞いた。案の定、「栄治は連れていけない場所」と言われた。
「ごめんな。悪いことしにいくわけじゃないから。留守番しといて」
無機質にドアが閉まる音が響く。一人になった俺の心に、裕太の火傷が浮かんだ。俺は無性に苛々して、目についた鋏を手にとった。
洗面台に向かって、鏡の中にいる気持ち悪い女みたいな俺を睨みながら、一気に髪を切り裂いた。無造作に揃った毛先がキモいから、棚の中にしまってあったバリカンで、ぜんぶ削ぎ落した。最後に鏡に映ったのは、マヌケな丸坊主の俺だった。哀れで、馬鹿馬鹿しくて、笑った。
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