第8話

 体育祭が終わった後、俺と大紀は歩いて帰った。

「結局、どうするの?」

 大紀に聞いたら、「どうもしない」って、答えられた。

「それでいいの?」

「仕方ないだろ」

「………………」

 裕太みたいに、俺も聞いた。

「『復讐』って、何をするの?」

「お前が望んでいることだ」

「……母親を奪い返すってこと?」

 大紀は煙草を吸い出した。

「お前が裕太にちょっかい出したのが悪いんだよ。そのせいで、面倒なことになった。でも、後始末はつけたから、もう余計なことすんなよ?」

 責任転嫁されたようで、俺は納得できなかった。

「引っ越しなんてしなかったら、面倒なことにならなかったのに」

「そのおかげで、ママを借りられんだから、いいだろ?」

「……俺は手紙を貰うだけで、十分だった」

「強がるなよ」

 大紀の手が、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。その大きさと、抑えつけてくる力の強さで、『俺が悪いのか?』と感じた。

 俺は父の犯した罪を知っている。父が白状したから。その罪に裕太の両親も関わっている。でも、そうやって、第一次世界大戦が起きた人間関係の中に――戦場の痕に――連れていかれた俺は父から与えられた無言の伝令を実行しているつもりでいた。

 勿論、俺にも『母親と生きたい』っていう願いはある。でも、『復讐』なんて、惨いことはしたくない。裕太が犠牲になってしまうから……あわれな火傷の痕がある子ども。裕太も親達が起こした戦争の被害者だ。戦災孤児だ。

 けど、戦後にずっと犠牲にされたままでいるのは、俺だけだっていう被害者意識もある。裕太は何も知らずに、両親から愛されて、幸福な日々を送っているから。

 俺には第二次世界大戦を起こす度胸なんか無い。裕太への嫉妬も憎悪も心の中で暗く流れているだけだ。せいぜい、裕太の心にヒビを入れて、不幸な俺の影を滲ませるだけでいい。何も知らない裕太に少しでもいいから、加害者意識をうえつけたいんだ。

 アイツの幸福こそ、借りものだから。俺の犠牲で成り立っている。俺は唇を噛むしかなかった。裕太の方が外見は痛々しくても、何も知らないなら、心の傷は無い。心の傷を負っているのは、俺の方だ。俺は自分を哀れむしか、なかった。

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