第4話

 翌日から、グループ別の自由行動がはじまった。学校で行き先を話し合ったけど、強気な女子の要望が通った結果、ショッピングがメインの旅行になった。

 四条通りを八坂神社に向かって、皆で歩いた。僕は京都が想像以上にゴミゴミしていることに驚いた。でも、錦市場の活気につられてウキウキしたり、花見小路で舞妓とすれ違って喜んだり、豪華な南座の写真を撮ったり、普通の観光客らしく楽しめた。それでも、女子が黒沢や栄治にばかり話しかけることが不愉快だった。

 僕は小学生の頃、頬にある火傷のせいで、女子から『不気味』と陰口を叩かれたことがある。それ以来、女子が苦手だった。嫌なことを思い出して、うつむいていると、佐山が「大丈夫? 顔色悪いよ?」と声をかけてきた。でも、僕の気分は晴れない。佐山のような人気者の女子が話しかけてくれるのは、僕が光太の友人だからだ。僕は佐山と話す度に、光太への嫉妬に苦しめられる。

『もしも、佐山に相手にされているのが、僕だったら――』

 光太を裏切る妄想を膨らませて、興奮することもあった。でも、光太には恩があるし、馬鹿な性欲を抑えつけた。いつも妄想に蓋をするのは、女子の陰口を浴びた火傷に、自分自身が抱く嫌悪感だった。

 佐山は「具合悪くない?」と心配して、顔を覗き込んでくる。僕はかあっと頬が熱くなって、「大丈夫だよ!」と断言した。他の女子が振り返って、「なんか機嫌わるい?」とからかってくる。佐山は「歩き疲れたのかも? うちも疲れたなあ」と庇ってくれた。黒沢は「八坂神社は見えてるし、あと少しだ! 頑張れ!」と応援してくる。僕は情けなくて、苛々しながら「うん」と答えた。

 八坂神社を参拝した後、地下鉄の駅に降りて、黒沢が切符を買った。鈴木が「ちょっと、見たい店があるんだけど」と言い、女子を連れて、外に出てしまった。男子三人で待っていると、突然、栄治が「鈴木さん達に切符を渡してきたら?」と提案した。

「女の子の買い物って、長引くでしょ? 早く呼びに行った方がいいと思う」

「そっか……じゃあ、いってくる!」

 黒沢が地下鉄の階段を駆け上がった瞬間――。

「ねえ、あの人達をまこうよ」

 急に栄治から誘われた。

「裕太が気分悪いのって、アイツらのせいでしょ?」

「そう、だけど」

 確かに、あと何時間も黒沢達と一緒に過ごすのは不愉快だ。不気味な栄治といる方がマシかもしれない。

「集合時間までに戻ればいいじゃん」

「……そうだね。じゃあ、いこう」

 僕は深く考え込まず、気軽に栄治との逃避行に足を向けた。一緒に改札を通って、タイミングよく到着した電車に飛び乗った。


 僕は栄治を追って、電車を乗り換えた。「どこにいくの?」と聞いたら、「薬師寺」と答えた。

「凍れる音楽を見たいから」

「何それ?」

「五重塔」

 奈良への電車内は、やけに静かだった。京都のような喧しさが無い。二人でドア付近に立って、車窓を眺めた。景色は都会から田舎に移り変わっていく。

「よく分かるね。何の電車に乗ればいいとか」

「調べたから」

「じゃあ、そもそもアイツらをまくつもりだったの?」

「うん」

 電車に揺られながら、どうでもいい会話を続けた。

「どこから転校してきたの?」

 今更だけど、改まって、聞いた。

「福島」

「東北か。いいね」

「なんで?」

「雪が降るし」

「そんな馬鹿な理由?」

 栄治が初めて、はっきり嘲笑してきた。僕はゾクッとしたけど、あまり気に留めないようにした。

「なんで、転校してきたの?」

 栄治は「色々あって」と誤魔化す。話したくない事情があるんだろう。

「ところで、なんで髪を長くしてんの?」

「お父さんが似合うって言うから」

「変わってんね」

「まあ、ね」

 栄治は髪を手櫛で梳いた。人形のように、ぎこちなかった振る舞いに、だんだん人間らしさが宿ってきた。そこはかとなく体臭もしてくるみたいだ。水のような無に近い匂いだけど。

 奈良駅で降りた後、何度も何度も電車を乗り換えて、歩いて……ようやく、薬師寺に着いた。お賽銭を払って、参拝した後、凍れる音楽を一緒に見上げた。

 虚空に白黒の塔がそびえたっている。時が止まっているみたいだ。

「大事な話があるんだけど」

 栄治が切り出した。

「裕太の母親って、どんな人?」

 また僕はゾクッとした。

「なんで、そんなこと聞くの?」

「お願いだから、答えて」

 栄治は真剣な眼差しを向けてくる。

「……普通の人だよ」

「どんな性格?」

「待って! ホントに、なんでそんなこと聞くの? 僕のお母さんの性格なんか知ってどうすんの?」

 僕が問い詰めると、栄治は母と仲良くないことを打ち明けた。一か月に五日ぐらいしか会ってくれず、栄治の世話は父親が焼いてくれているらしい。

「俺の母親は美人だけど、情が無い人なんだ」

 栄治は一枚の写真を見せた。

「!」

 桜の木の下で、僕の母と、母を抱き寄せる謎の男と、栄治が映っている。日付は去年の四月だ。僕は混乱して、叫んだ。

「なんで、僕のお母さんが映ってんの?」

「違う。俺の母親だよ」

 別人だとしたら、双子のようにそっくりだ。でも、僕は母から双子の姉妹がいると聞いたことはない。

「……僕のお母さんと、栄治のお母さんがそっくりなことを分かっていて、色々聞いてきたの?」

 栄治はニヤニヤして頷く。鳥肌がたった。

 もしも、最悪……僕の母と栄治の母が同一人物なら、僕と栄治は双子でなければおかしい。そう考えて、誕生日を聞いた。

「俺は今日、産まれたよ」

 僕の誕生日は、今日から一か月前だ。ということは……「僕達のお母さんは、一卵性の双子なんだろうね」と確かめた。栄治は「ドッペルゲンガーかもよ?」と笑う。そんなのありえない。笑えない冗談だ。僕は首を振った。

「裕太って、なんで頬に火傷があるの?」

 脈絡の無い問いに戸惑いつつ、「赤ん坊の時、事故ったせいだって聞いたけど……」と答えた。

「ふうん。虐待とかじゃないんだ」

「違うよ!」

 僕の家庭は、そんなものとは縁遠い呑気なものだ。不名誉なレッテルを貼られそうになった。

 栄治は満足げに笑い、「京都に戻ろう」と言って、凍れる音楽から去った。僕は困惑したまま、ついていくしかなかった。京都に戻ってからは、集合時間まで、適当に観光した。

 ホテルに入った時、二人そろって、先生に叱られた。僕は上の空だった。ずっと母のことを考えた。血の気が失せるような不安を抱えながら、ずっと……。

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