第2話 ②

「えっ?」


「いや、その、自分家事得意ですし」


思わず家事掃除好きの本心が不意に口をついて出てしまったため楓はしどろもどろになってしまう。

なぜ口に出してしまったのか俺は。絶対おかしいやつと思われる。いや、実際自分の置かれている現状もこの部屋の惨状もおかしくはあるのだが。


「お互い名前を名乗っただけですし、とりあえず部屋を片付けながらでも少し話しませんか?ここまで来たら何であんなに酔っぱらっていたかも気になりますし」


「あー………それもそうだね。そうしようか」


早口でまくし立てるように言い訳をしてしまったが納得してくれたようだ。

ちらばっている洋服を1カ所によせてスペースをつくると、2人は机を挟んで座り直した。

「えーと、じゃあまず私からね。改めて橘(たちばな)鈴音(すずね)って言います。さっきは突然迷惑をかけてすいませんでした。」


そういうと彼女は深々とお辞儀をした。


「あと、ありがとう。私の仕事は手が大事だから、怪我しなくてよかったって本当に感謝してる。」


「どういたしまして。じゃあ、自分の番ですね。秋月楓、しがない浪人生です」


「え、浪人生だったの!?てっきり高校生かと」


「一応、この春卒業したんで、今月いっぱいまで高校生なのはあながち間違いじゃないですね」


3月いっぱいまでは在籍扱いになるので問題を起こすなとは、卒業式にも言われた話だ。


「そうかー………若いなあ」


何かに思いを馳せるように鈴音は呟く。


「橘さんも若いと思いますけど」


「鈴音でいいよ。そっちの方が呼ばれ慣れてるし」


出会いと家の状態で2回も衝撃を受けていた二人の間の空気はかなり砕けたものになっていた。


「了解です。それで、鈴音さんは何歳なんですか?」


「何歳だと思う」


楓の目が虚ろになる。


「今めんどくさいやつって顔したでしょ。ごめんごめん、23だよ。」


充分若かった。というか楓の中では予想通りだ。

女性は見た目で年齢の判断がなかなかつかないと思っている楓は拍子抜けする。


「で、本題なんですけど」


「うん。振っといてなんだけど露骨に話そらしたね。なに?」


「結局何であんなになるほど酔ってたんですか?」


「あー、そうだよね。やっぱり気になるよね?」


鈴音はうーんと唸りながら頭に手をあて、言うかどうか悩んでいるようだった。


「まあ、自分がここにいる一番の理由ですし」


「それはほんとに申し訳ない!」


パンッ、と大きな音がなるほど顔の前で両手を合わせて謝る鈴音。


「いや、それはもう大丈夫ですけど。本当に言いたくなければ言わなくてもいいですよ」




「いやー、マッチングアプリで知り合った人と今日が初めてのデートでね」


「ああ、なるほど。その人と相性が合わなかった感じですね」

少し話が読めてきた。どうやら、やけ酒に近い形のようだ。


「まあ、合わなかったといえばそうなんだけど」


「ん?」

振られたとかそういう形ではないのだろうか。


「えーっと………私の仕事に対してキモイと言われまして。」


「え?仕事ってさっき言ってた腕か手が大事な仕事ですよね。なんか珍しい職業ですか?」


相手に引かれるような職業ってなんだ?最近ニュースにもよくなってる転売ヤーとかぐらいしか想像がつかない。そもそもあれを仕事と呼ぶかは人によるけど。でも腕を使ってキモイって言われる職業か、うーん……肉の解体とか?血が出るし。

楓はそんなことを考えながら返答を待っていると、鈴音はおもむろに口を開ける。


「………アニメーター」


おそらく今日の出来事であろう何か思い出したのか、顔を背け少しぶうたれたように鈴音は答えた。


「アニメーターってあの絵を動かすアニメーター?」


「他にどのアニメーターがいるか知らないけど、そのアニメーター」


「ア〇パンマンとかド〇えもんとか作ってるあのアニメーター?」


「まあ、私が担当してるのは深夜アニメが多いけど。………大体あってる」


「すげー。自分絵がへたくそなんでめっちゃ羨ましいですね。いや、それと比較するレベルではないと思うんですけど。あとでなんか描いて下さいよ。」


思わぬ仕事が出てきて驚く楓。アニメを作っている人なんて番組制作者くらい、簡単に言うと画面の向こうの存在ぐらい離れた存在に感じていた楓は、思わず興奮して流れで絵の催促までしていた。


「そう面と向かって褒められると照れるなあ。もちろんいいよ。」


楓の反応に対してまんざらでもないらしく鈴音は照れながら答える。先ほどとは打って変わって口元がにやけている。


「でも、アニメーションつくる職業って別に気持ち悪い要素なくないですか?」


「そうでしょ!?いやあ、私も実際会って初めて知ったんだけど。その人典型的なオタク嫌いな人だったの。深夜アニメとか見てんの?キモッ、とか言っちゃう人でさあ。まだ、あんな古い考えの人がいるなんてびっくりしたよね」


先ほどの不機嫌な理由はそれだったのか。

人間いろいろな考え方があるが、運悪く偏見がすごい人と当たってしまうとは。しかもマッチングアプリで。

そりゃ、さっきの職業答えるのためらうよなあ。


「それは………また災難でしたね。それでやけ酒してたんですね」


「そうなのよ。あー、思い出したらまたムカついてきた。ごめんちょっとだけ飲んでもいい?」


「え。お酒をですか?」


いや、流石にさっきの今でないよね?


「うん、お酒」


まさかとは思ったがビンゴだった。

どうやら、この人は嫌なことは飲んで忘れたり、吐き出したりする人らしい。まあ実際、物理的に吐きだされたわけだが。


「いや、橘さんの家なんで嫌とは言いませんけど。懲りないですね」


「私、悪酔いしたときは迎え酒が効くんだよね」


絶対酔いがさめてないよこの人。さっき目の前の人間にリバースしたんですよ!


「あれ、迷信らしいですけど」


げんなりしながら楓は答える。


「私は効果あるからモーマンタイだよ」


「今日日モーマンタイなんて聞かねえな」


まあ、流石にちょっと飲むだけだろうしひどく酔っぱらうこともないだろう。それにつらいことを飲んで忘れるのはうちの母も同じだったわ。楓はそう思いながら冷蔵庫に向かう鈴音の背中を目で追う。


「持ってきたよー」


戻ってきた鈴音は目の前の机にドンッドンッとビールのロング缶2本を置きと手元からスルメを取り出した。


「楓君も冷蔵庫から好きな飲み物とっていいからね」


「それじゃ、お言葉に甘えて」


冷蔵庫を開けると


「ビールとダイエットコーラしかない……」


冷蔵庫を開けた楓は絶句する。

所狭しと詰められた2種類の缶以外に入っているものといえば、わさびやからし等の調味料が申し訳程度。あとはどうにか少ないスペースに押し込んだ卵が1パックだけだった。

これは卵が入っていることに驚いたり感動を覚えるべきなのだろうか。楓は頭を抱える。


あっ、奥の方に翼を授けてくれそうなエナジードリンクのようなものが見える。

これは飲まない方がいいかもしれない。

とりあえずダイエットコーラの缶を1本手に取ると恨めしそうに冷蔵庫を閉め、楓はリビングに戻った。


「お、来たね。じゃあ乾杯しよっか」


「なんに対する乾杯なんですかねこれ?」


「私が君に助けてもらえた今日に対しての乾杯じゃない?」


「じゃない?って……まあ、いいか」


「そうそう、難しく考えても始まらないよ。ほら、かんぱーい!」


「か、かんぱーい」


2つの缶が絶妙にぶつかり気持ちのいい金属音を立てる。

楓は炭酸の爽やかな酸味を堪能しながら、引かれたのはお酒が入ると親父臭くなるからなのでは?といぶかしみ


「かっー、うまい!」


と拳を握りしめ、ビールを堪能する鈴音を眺めていた。

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Low人生 福口貴晃 @shiperasu

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