自由と〝七〟の刻印
俺は、
しかし、先程
緊張が解けた途端、空腹感が気になり始めた。
朝から何も食べていない――という設定だから、腹が減っているのだろう。でも、夢なのに、何故ここまでリアルな空腹感があるのか。
その理由が気になるが、このまま立っていても、腹は満たされない。
たった今、それ以上に気になる事象が見付かってしまった。おっさんズの視線が、俺に向けられているような気がする。自意識過剰だろうか――奴らの耳に届く程度のボリュームで、言葉を放ってみよう。
「お腹すいたぁ……」
発言直後、おっさんが一人寄ってきた。
「食事、一緒にどうですか?」
何故、おっさんを見ながら食事をしなければならないのか――想像するだけでキモい。
言葉を交わすのも嫌だから、シカトした。しかし、おっさんが去ると、入れ替わるように他のおっさんが寄ってくる――魔の永久ループ。
夢の中でまで、おっさんに接待したくない。どれだけしつこく誘われようと、断固拒否だ。
しかし、俺の決意とは無関係に、
おっさんズの中に紅一点。一人の若い女性が目に止まる。
テレパシー的なことが出来るといいな。淡い期待を込め、彼女に向かって、
《聞こえるか?》
彼女は目を見開き、驚いている様子。
首を左右に振り、周囲を見回した後、俺の目に照準を合わせた。
《左にある、白い建物の裏で待て》
直後、彼女は行列を抜ける。そして、俺が指定した、白い建物の裏に向かって歩き出す。テレパシー的なものは、しっかり彼女に届いていたようだ。
さて、俺には彼女と合流する予定が出来た。
「素敵な
口から出まかせの
散りゆくおっさんズを横目に、彼女に伝えた白い建物の裏へと急ぐ。
目的地には、彼女が待っていた。俺が話し掛けるよりも先に、頭の中に声が届く。
《女神様ですよね。私のこと、覚えていてくださったのですね》
この
《記憶を喪失してしまって、覚えていないんだ……申し訳ない。良ければ、君と私との関係を教えてくれないか》
一人称を〝俺〟から〝私〟に変えた。
《〝声〟と引き換えに、〝パン〟を頂きました》
なんだと!? 価値が見合っていない。対価に対し、失う物が大き過ぎる。こんな理不尽な契約が成立するのか――。
感情的にならないよう、深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
《ふむ……今は、食べ物に困っていないか?》
《はい。おかげ様で》
《私が女神だとわかっていて、行列に並んだのか?》
《いいえ。女神様が、パンを恵んでくださったおかげで、私は生き延びられました。私も困っている人を助けたいと思って、並びました》
《見返りには、何を求めようとした?》
《何も》
《今、欲しいものはあるか?》
《差し出せるものを、持っていませんので……》
《
彼女は
数秒、
《……自由》
ふと視界に入った、首にある〝七〟の焼き印に目が釘付けになる。このとき初めて、彼女が誰かの奴隷であることを認識する。
俺が、彼女の力になることは出来るのだろうか――不安はあるが、何もしない選択肢は無い。
《主人の元へ案内しろ》
石畳の道を外れ、暫く歩く。彼女が
彼女は扉をノックする。出て来たおっさんは、俺を見るなり声を荒らげる。
「何の用だ!」
たじろいで馬鹿にされないよう、
「彼女を譲ってくれ」
「何を言っている。駄目に決まっているだろ!」
即答。そう言われることは想定していた。
見返りを渡さなければ、くれるはずがない。おっさんが欲しいものは何だろう――扉の隙間から、家の中を覗く。
破損している、かつて農具だった物が、幾つか転がっている。まともに使えそうな農具は――見当たらない。
〝
「お前の農具を、使える状態にしてやる」
彼女から聞いた話によると、
「もしもそれが本当なら、譲ってもいい」
「契約、成立だ」
あとは俺が契約を履行するだけ――農具を手に取り、念じる。
《おっさんに、所有権が移った
製品になる前、素材の状態まで戻ってしまわぬよう、時期を明確にする。
農具は、ボロボロになる前の状態に戻るはず――なのだが、かなり使い古されている状態。失敗だ――と思った矢先、おっさんが床に頭を
「なんと感謝すればいいか……農作業を行えなくなり、
顔を上げるおっさん。目が
「こいつは、声が出ないせいで
用は済んだ。
「約束通り、彼女を貰っていく」
彼女の手を引き、納屋を後にする。
所有者との繋がりを
彼女は、まだ〝自由〟になれていない――。
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