2.人が国を作る

 帝国には国営の人身売買組織がある。俺は五歳でそこに売られたわけだ。


 『教導院』と呼ばれる組織だ。そいつらは能力が低いと鑑定された子供たちを親から買い取り、買い集めた子供たちを『教育』する。


 国とは民である。と言ったのは帝国の何代前の皇帝だったか。まあ、そんなことはどうでもいいことだ。


 良い国民が良い国を作る。それがこの帝国の理念である。国民の能力が上がり、質が向上すれば国もよくなり栄える。その『良い国民』を作るための組織が教導院だ。


 この国、帝国では三歳になると洗礼という名の能力鑑定が行われる。そして、鑑定を受けた子供はその能力適性に応じて教育を受け、それぞれの才能を伸ばしていく。


 では、俺のように無能と鑑定された子供はどうなるのかというと、教導院に売られ、能力の低い子供たちを教育する『教導学校』へと送られる。そして、そこで良き帝国民となるための教育が施されるわけだ。


 と言っても虐待に近い指導や洗脳が行われるわけではない。基本的な教育、文字の読み書きや計算、帝国の歴史や礼儀作法などを教え込まれる。


 学校は全寮制。卒業するまでは外に出られない。娯楽などはなく、朝から晩まで授業授業授業である。


 入学期間は半年。半年の教育期間を終えると卒業試験を受けることができ、合格すれば晴れて卒業というわけだ。


 だが、試験に合格できなければさらに半年間を学校で過ごすことになる。そして、二度目の卒業試験に合格できなければ、そのまま退学となる。


 厳しい。けれど、そんな教導学校の授業は俺にとっては簡単なものだった。なにせ俺は転生者で、前世の記憶を持ったまま転生しているのだ。


 読み書きの授業では帝国の公用語である『エルベ語』を教えられる。エルベ語は英語によく似ており、文字の数は32文字。日本語のようにひらがなにカタカナに漢字にと、たくさんの文字を覚える必要はなかった。


 計算の授業も楽なものだった。内容的には本当に基礎的な算数で、日本の小学校で言えば三年生ぐらいのレベルの本当に基礎的な物だった。帝国が10進法を採用していたことも助かった。


 歴史の授業も覚えるだけで、それほど苦ではなかった。転生したことで肉体が若くなったり、非常に物覚えが良くなっていたからだ。五歳の子供の脳みそは面白いように知識を吸い込んでいった。


 大変だったのは礼儀作法の授業だ。その授業では良き帝国民にふさわしい立ち居振る舞いを徹底的に教え込まれる。挨拶の仕方、お辞儀の仕方、テーブルマナーや歩き方まで細かく指導された。


 そんな学校での授業はなんとか問題なくどうにかなった。問題だったのはそれ以外だ。


「おうち、おうちにかえりたいよぉ」

「ママ、ママああああああ!!」

「うるせえだまれ!」

「なにすんだこのバカ!」

「うわああああああああああ!!」


 学校にいるのは四歳から六歳ほどの子供ばかりだった。そんな幼い子供たちが親元を離れ、自由のない閉鎖された場所に閉じ込められ、毎日毎日厳しい指導を受ける。


 耐えられるわけがない。ストレスのせいで毎日のように誰かが泣き叫び、毎日のように誰かがケンカをし、そのたびに子供たちに『指導』が施された。


 指導を受けた子供は大人しくなった。


 指導を受けた子供は泣くことも騒ぐこともなくなり、笑わなくなる。というか表情が無くなる。常に無表情で文句も泣き言も言わなくなる。


 そんな変わり果てた姿を見た子供たちもだんだんと大人しくなっていった。入学したての頃は弱音を吐いていた子供たちも、指導を受けて変わってしまった子たちを何人も見るうちに静かになっていった。


 幸いにも俺は指導を受けることはなかった。目立たないように気を使い、ほかの子供たちとも極力関わらないようにしたからだ。自分で問題を起こさないことはもちろん、他人の問題にも巻き込まれないように注意を払っていた。

 

 静かに静かに、目立たないように目立たないように。そうやって学校生活の半年間を乗り切った。


 もちろん卒業試験は合格。無事卒業することができた。


 だが、それで一安心というわけではもちろんない。むしろここからが大変だ。


 この国では児童労働は違法ではない。子供は立派な労働力なのだ。学校を卒業した子供たちは様々な場所へ送られ働くこととなる。


 俺は無事に学校を卒業することができた。しかし、俺は無能だ。


 俺以外は無能ではなかった。俺以外の子供たちは、能力は低いが、なにがしかの適性を持っている者たちばかりだった。ほとんど無能に近いがわずかに才能は持っている、そんな子供たちだ。


 そう言う子供たちは学校を卒業後、その適性に合った場所へと送り出される。


 送り出される、というか、売りに出される。教導院は教育と職業斡旋を主に行う機関となっているが、実体は何度も言うように国営の人身売買組織だ。


 そんな組織においても俺はそれなりに珍しかったようだ。ほとんどの人間は何かの才能を持って生まれ、鑑定にかければそれが何なのか一目でわかる。


 しかし、その才能が俺にはなかった。どんなに鑑定をやり直しても判定は『無能』だ。


 もし、俺に何かの才能がわずかにでもあったとしたら運命は変わっていただろう。


「やあ、こんにちは、ご機嫌よう。調子はどうだい?」


 学校を卒業してからの数年間は正直あまり思い出したくない。あの、帝国の闇が詰まったようなあの場所のことは。


「ボクの名前はパトレウス・マルケルスス。よろしくね」


 そいつは俺の前ににこやかに現れた。


 パトレウス・マルケルスス。そいつは異様な男で、その見た目通りの狂人だった。


「キミはこの国のために犠牲になってもらうよ。おめでとう」


 パトレウスはそう言った。ニコニコと笑いながらそう言った。

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