エロ本はネットで買え

小池 宮音

第1話

 新しい本に囲まれるというのは、大草原の中にいるのと同じで私の心を穏やかにしてくれる。多分、本からマイナスイオンが出ているのではないかと思う。だから私はイライラした時やモヤモヤした時は本屋へ寄ると決めていた。


 今日がそうだ。返ってきた英語のテストの点数が思っていたよりも悪く、落ち込み具合が酷かったので帰宅途中に駅前の本屋へ寄った。入った瞬間から癒される。あぁ、ここを終の棲家にしたい。


 決まって行くのは参考書コーナーだ。買わなくてもペラペラとめくるだけで心が落ち着いてくる。買わないのなら図書館の方がいいのでは、と思われるかもしれないが、私が好きなのは新しい本の香りなのだ。図書館も嫌いではないが、匂いが違う。これはきっと誰にも理解されない私のフェチ。


「あれ、森本さん?」


 突然話しかけられ、大草原から現実世界へ引き戻された。そちらに顔を向ければ、自分の通う高校の制服を着た男子が私をジッと見ている。サッと目を上下に動かして彼をスキャンする。データベース検索してみるが、検索結果はゼロだった。


「えっと……誰?」

「おお、知らないか。まぁそれもそうか。この三年間同じクラスになることなんてないし。俺、二年一組の奥田」


 にこやかに自己紹介をされたが、その先をどうしたらいいか分からない。とりあえず「はぁ」と頷いたが、どうせ明日には忘れている。


 私の通う高校には普通科と理数科があり、一組から五組までが普通科、六組が理数科という割り振りである。理数科はひとクラスしかないので顔ぶれが三年間変わらないシステムとなっている。転科もできないので普通科と関わることはない。ましてや一組なんて理数科六組からしたら一番遠いクラスだ。縁がなさすぎるのに、彼は何故私の名前を知っているのだ。


 心が顔に表れていたのか、奥田という男子は「俺、二年生全員の顔と名前覚えてるんだよね」と得意気に親指を立てた。キモいと思わなくもないが、天才肌なのかもしれない。


「へぇ、すごいね。記憶力いいんだ」

「いや? テストは万年赤点で一年生を二回やるとこだった」

「…………」


 全く意味が分からない。二年生全員の顔と名前を覚えられる能力があるなら、教科書を丸暗記することなんか鉛筆を持つより簡単なのでは?


「なにしに本屋に来たの?」

「エロ本探しに来た」


 ただのバカだった。前言撤回。バカと天才は紙一重すぎてキモい。


「どう見たってここは参考書のコーナーなんだけど……」

「ああ、店内を探し回ってたところに森本さんを見かけたんだ。森本さんこそ頭いいのにまだ参考書を買おうとしてるの? どうせ今回のテストの点数、よかったんでしょ」


 頭いいという情報は一体どこから入手したのだろうか。関わりなんて一切なかったはずなのに、なんだかすべてを見透かされているような気がして胸騒ぎがする。直感が『コイツと喋るとバカが移る』と告げるので「まぁまぁかな。それじゃ」と言って立ち去ろうとした。


「待って待って。ねぇ、エロ本ってどこに置いてあるか知ってる?」

「知らない。少なくとも本屋には売ってない」

「うっそマジで? じゃあみんなどこで買ってんの?」

「知らないわよ。コンビニじゃないの?」

「今はコンビニにも売ってないんだ。店員さんに聞くか……」


 クルッとレジの方を向いた二年一組の男子(もう名前忘れた)。その隙をついて私は本屋を出た。


 もう、なんなのあいつ! せっかくの癒しタイムが汚されたんだけど! 超腹立つ! あんな奴と同じクラスじゃなくてよかった!


 改札を通り自宅方面のホームへ向かう。


 エロ本エロ本って、恥ずかしくないのかコノヤロウ! エロ本は黙ってネットで買え!


 もう二度と会うことはないだろうエロ本探し野郎のおかげか、せいか。私は点数が芳しくなかったテストのことをすっかり忘れて家路についた。


Continue……

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