町の最後の本屋

天野橋立

町の最後の本屋

 仕事帰り、僕は軽自動車を走らせて県道を急いでいた。

 すでに陽は沈み、ぽつぽつとまばらに点る街灯以外、沿道に灯りはない。

 パチンコ屋や中華料理、古本屋に紳士服チェーンと色んな店が並んではいるが、それらは全て閉店してしまっている。

 だから、月のない夜には、その姿はみんな見えなくなる。


 カーラジオからは、百キロ先の大きな街にある老舗デパートが閉店するというニュースが流れていた。これで県内からデパートはなくなるらしかったが、この町に住む人間にとっては遠い話だった。


 道の彼方に大きな電照看板が見えてきた。色あせた赤色に白抜きで「川屋敷レインボーモール」の文字、そして元は七色だった虹のマーク。

 時計を見ると、17時50分だった。閉店時刻には間に合ったらしい。


 どこにでも停められる、広大でがら空きの駐車場に車を置いて、急ぎ足で店内に入る。

 この町で唯一のショッピングモール。でも、二階はすでに百円ショップだけを残してあとは空きスペース――「いきいき広場」という名前がついた――となり、この一階も半分くらいは空き店舗となっている。

 残り半分に入って生き残ってくれている、雑貨屋兼文具店が僕の目的の場所だった。

 その売り場の片隅、ほぼユニットバスくらいの広さの一画に、書棚が置かれていた。これが、この町で最後の「本屋」だった。


 商店街だった場所にあった、昔ながらの書店は町の人口が千人を切って間もなく閉店した。そして、唯一残されたのがここだった。

 ただ、担当している店員にこだわりがあるようで、単に売れ線の本ばかりではなく、評価の高い文芸作品もわずかながら必ず置いてくれていた。

 そして、もしかしたらと思っていた新刊――小さな文学賞を受賞していた――も、そこにちゃんとあったのだった。


 喜び勇んで、ぬいぐるみやティーカップが置かれた売り場をレジへと向かった。すでに「別れの曲」の店内放送が流れている。

 見覚えのある、初老のおじさん店員がレジを打ってくれた。ちゃんと手際よくカバーもつけてくれる。恐らく、この人が書籍コーナーの担当をしているのだろう。


 スマホ決済で払い終え、会釈して去ろうとすると、そのおじさん店員がふいに口を開いた。

「長い間、ここを利用していただいて、本当にありがとうございました」

 僕はびっくりして立ち止まった。お店の人と会話するのは苦手だったが、「ありがとうございました」というのが気になった。

「あの……それはどういう」

「明日、発表になるのですが。このモールは、年明けで閉店になるのです」


 ああ、やはり。

 ショックというよりは、また一つ諦めの気持ちが生まれて、足元に流れていった。それはもう、何度もくりかえし味わってきた無力感だった。この町に住む、多くの人々が。


 真っ暗な県道を、家路につく。

 本屋さんの棚に並ぶ新刊の表紙をぼんやり眺める、あの贅沢な楽しみも間もなく終わる。

 いつかこの町に、にぎわいが戻ることがあったら。再び脚光を浴びる日が来れば。


 そう願いながら握るハンドルの向こうに、最大の廃墟となった鉱山の高い櫓が、月に照らされてそびえて見えた。

(了)

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町の最後の本屋 天野橋立 @hashidateamano

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