第4話




「そのお顔は全く信じておられませんね。」


 黙り込んでしまったアルバートに対し、アレクサンドラは不満そうに眉間の皺を深め、口を尖らせている。


「わ、わたくし、今からアルに口付けだって、でで、できますのよ!お慕いしておりますから!証明してみせます!」


 急なアレクサンドラの提案にアルバートは目を丸くするが、驚愕のあまり言葉がでない。顔どころか全身真っ赤になったアレクサンドラは、ハッとして言い添えた。


「アル!言っておきますが、これが初めての口付けですからね。わ、わたくし、その、ふふふしだらではありませんのよ!クリストファー王太子とだって、エスコート以外では一度も触れておりませんのよ!」


 みるみる涙目になって慌てて説明する姿を見て、アルバートはもうアレクサンドラの気持ちを疑うことは無かった。


「サンドラ、目を閉じて。」


「ひゃっ、ひゃい・・・。」


 あの威厳ある王太子妃候補はどこに行ったのだろうか。あまりにもギャップが大きすぎて、思わず笑みが溢れる。何度も泣かせそうになったお詫びを込めて、アレクサンドラの目元に唇を寄せた。


「・・・アル?」



「あー・・・サンドラの気持ちは分かった。話してくれてありがとう。その、結婚のことも前向きに考えたいと思う。私も、サンドラのことを好ましく思っている、と思う・・・。」


「アル!」


 強く抱きつこうとしたアレクサンドラを片腕で制し、アルバートは言葉を続けた。


「だが!節度を持った距離感は必要だ。今は婚約期間となるが、こんなにベタベタしてはいけない。時間を掛けて仲を深めていきたいし、サンドラのことを知っていきたいんだ・・・出来ればサンドラにも俺のことを知ってほしいと思っている。それに!初めての、く、く、口付けはこんな安宿では絶対に駄目だ!ちゃんとしたデートに誘うから、そこでリベンジさせてほしい。」


 稀に見る真面目さと、少々乙女チックな思考に、アレクサンドラは思わず笑ってしまう。そう、アレクサンドラはこんなアルバートがとても素敵だと思うのだ。アルバートの大きく筋肉質な手に自分の手を添える。


「アルが私のこと考えてくださって、言葉にならないほど嬉しいです。これからどうか末永く宜しくお願い致します。」



「ああ、こちらこそ宜しく頼む。」


「ところで、アル?」


 にんまりと笑うアレクサンドラはいつになく妖艶な空気を身に纏っている。


「今夜は同じベッドで寝ましょうね?」


 自分の言ったことが全く伝わっていないことに肩を落としたアルバートは、夜更けまで懇々とアレクサンドラを説得し続けるのだった。

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