地図を広げる
一色まなる
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「えっと、スーパーがこっちだから……あ、コンビニあった」
私はスマートフォンの地図アプリとにらめっこしながら街を歩いている。街路樹の桜はまだ目を覚ましていないけれど、住宅街のあちこちには梅の花がきれいに咲いている。
川の両岸に植えられている桜は満開になれば一面がピンク色に変わり、幻想的な風景なのだとネットにかかれていた。
「この川沿いを歩いて、橋を渡った先に公園があって……」
さすがはGPSだ。少しの誤差はあるものの、ちゃんと道はあっている。あと数週間すれば、私はこの町の住民になる。故郷を離れ、遠い町に行くことに不安はあった。
「あった。あれが私の大学かぁ……」
地図アプリを閉じて、私は思わずカメラを起動させた。何度も撮って来たのに、改めて撮りたくなったのだ。今日は両親と一緒に引っ越し作業に来て、両親はつい一時間ほど前に帰っていった。
今までいた家から放り出されて、しばらく寮の一室でごろごろしていたけれど、暇を持て余したのだ。だから、ふと思った。
私の大学、見て行こうかな、って。
何度も行ったり来たりしたし、AO試験も前期試験も後期試験も挑んできたのだから、今更と言えば今更だけれど。
「……よろしくお願いします。四月から入学する獣医師学科一年の萩野恵里です」
ぺこりと私は頭を下げた。そのまま私は通り過ぎた。このまま帰るのはなんだか気が引けた。歩いてみよう。何があるだろうか、どんなものに出会えるのだろう。
「ここが商店街かぁ。初めて見た」
商店街に入り、私はきょろきょろと辺りを見渡した。故郷の商店街はもうシャッターだらけになっていて、人の気配がしない。でも、ここは大学に近い事もあってか人通りが多い。
花屋に仏具店、軽食屋に眼鏡屋。いつも通りのラインナップの中、わたしは本屋の前で立ち止まった。本屋の窓ガラスには色あせたポスターが貼られていたのだ。思わず近づいて指をさした。
「すごい、全部ある!! これも、あれも?!」
昭和の戦隊ものが好きだった父の影響で私もそれを見て育った。
「お嬢さん、そのポスターを知ってるのかい?」
「!?」
はたきを持った店の主人と思しきおじいさんが顔をのぞかせてきた。
「は、はい!」
「この齢でご存知というのは珍しいね。まぁ、ゆっくりしておいで」
「……ありがとうございます」
顔を赤くして私はその場を離れた。でも、私は見逃さなかった。
(あれは初版限定表紙、あっちには完全受注販売のフィギュア、あのポスターだって抽選だって聞いた)
父がきいたら故郷から飛んでくるんじゃないか、と思うくらいの宝の山だ。不安だった気持ちが全部吹き飛んだ。そして、足早に去ってしまったことを少し後悔して私は足をひるがえして本屋ののれんをくぐった。
「ごめんくださーい」
地図を広げる 一色まなる @manaru_hitosiki
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