第5話 緑色と門番

「よいかジェフ。我々はこれより北の集落へと向かう。八ちゃんを中心に置き、幼いわたしが中に入る、両サイドの隙間を山菜と牙が固める。お前はわたしの後ろに立つ。お前のポジションはわたしの保護者だ。安心して押せ。ここ最近の調味料と茶葉の不足にはわたしも苦しめられている。嫌な思い出を追い払い、この作戦を成功させるのだ。頼むぞ!」


「ハッ!」 とジェフが姿勢を正し腕を直角に曲げ、ピンと伸ばした手を額の前へかざし敬礼する。ノリのいいロボットだ、安心してネタを挟める。


 …と言っても結構距離があるので、そのまま八ちゃんを押していくと日が暮れてしまう…そこでタマちゃんの出番だ。彼、いや彼等は今4体に増えている。皆同じ外見で見分けは付かないが1号から4号まで割り振り、号数で呼べば反応する。そんな彼等を八ちゃん号の下に送り込み、持ち上げてもらって運んで頂くのだ。




「ハァイウェ~イ♪トゥ~ザフンフフン♪~デデッデン~♪ラァイイ~ントゥ~ザフンフフン♪…おや?」


 背の低い草原の中を颯爽と走る荷車。立ち上がり風を感じて頭の中で流れ始めたBGMを歌っていると、前方に5人?の人影が見えた。第一村人発見か?


「タマちゃん、減速だ。ジェフは降りて所定の位置へ付け。人かもしれん、笑顔の準備だ」


 速度を落とし人影の方へ近づいていくと少し違和感がある。衣類は粗末な腰巻きだけで、筋肉の隆起が激しいムキムキマッチョな体だが、その体格の割に背は低い。極めつけは肌の色だ。ファンタジーでお馴染みの緑色のおチビちゃんだ。おれよりでかいけど。

 更に近付くとこちらに気付いたようだ。振り向いた顔は、歯を剥き出しにして唸り声をあげており、口の端には泡を溜めよだれが垂れている。そして手に持った棍棒の先を地面に引き摺りながら、じわじわとこちらへ向かってくる。脅威になるかは置いといて顔が怖いし気持ち悪い。ゾワッとしたおれは思わず叫ぶ。


「タマちゃん後退!逃げろ逃げろ!ジェフ!早く乗れ!」


「待って下さいウィル様!置いて行かないで!」


 おチビちゃん達は追い掛けてくるが、速度はこちらが上のようですぐに距離を離せた。だがしつこい。辺りは草原で隠れる場所はない。しかし追い付かれる事もないので円を描く様に逃げながら様子を見る…。奴等は素直に後ろを追ってくるだけだ。しばらくグルグルと回る。決しておちょくっているわけではない。


「おいジェフ、なんか話掛けてみろよ。興奮してるだけで以外と通じるかもよ」


「私の分析では無理かと思われます。見て下さいあの顔を、まるで半年は掃除していない風呂場の排水溝の様です。」


「おまえ中々きつい事を言うな…よし、おれがやってみよう」


 ジェフと位置を入れ替わり、排水k…ではなくおチビちゃん達に向かって話しかける。誰もが目尻を下げるであろう満面の赤ちゃんスマイルも忘れない。


「落ち着いて話し合おう!我々は君達と友好を結ぶ為にやってきた!その証だ!この豆でも受け取ってくれ!」


 山菜を入れていた土嚢袋からサヤエンドウみたいな豆を一房取り出し、奴等の前に放り投げる。だが奴らはそれを足蹴にし、あげくには手に持っていた棍棒をこちらに向かって投げ付けてくるではないか。投げられた棍棒が荷台のあおりに当たり メキィッ と、くの字に変形する。


「ああ!このやろう!よくも八ちゃんを!豆を!ぐぬぬぬ…貴様等みたいな排水溝の汚物は消毒だ!これでもくらえ!」


 赤さんの様に愛くるしかったおれはチャッ〇ーに変貌し、ズドドドーンと気弾を放ち攻撃。5匹中3匹に命中し半身や頭を吹き飛ばした。外れた弾は土と煙を巻き上げる。土煙が晴れると残った2匹は既に逃げ出しており、見えなくなろうとしていた。


「追うんですよタマちゃん!つかまえなさい!」


 そう言いながらおれは自分で飛び出す。浮遊術を駆使して奴等に追い付く。頭を引っ叩いてやろうと接近して振りかぶる…が物凄く臭い、攻撃を止め思わず鼻をつまむ。臭くて怒りが萎えたおれはそのまま2匹を見逃し、すぐにその場を離れジェフ達の元へと戻る。


「流石でございます、ウィル様。これから水場の掃除はウィル様にお任せしましょう。」


「ダメだ。お前は使わないだろうが交代制だ。異論は認めない」




 思わぬ時間を取られたが再発進。途中で棍棒をぶつけられた荷車のあおりが壊れ、ジェフが後ろへ放り出されるアクシデントはあったが、応急処置をして問題なく旅路は進み麦畑が見え始めた。


「そろそろタマちゃん達を引っ込めよう。ジェフ、作戦通りにいくぞ」


「かしこまりました、後は私にお任せください。」


 俺達の作戦はこうだ。住んでいた地をモンスターに追われ、安住の地を求めて放浪の旅を続ける親子、そこで丁度村を見付け補給の為に立ち寄ったところ…以上。一つ問題があるとすればジェフの顔だ。なにしろポリゴン野郎だ。だが対策は出来ている、手拭いでほっかむりをして口元は自分で作らせたマスクを装着。服は爺さんのお下がりだ。かなり怪しいが素顔よりはマシだろう。

 

 ジェフに八ちゃん号を押してもらい更に進むと、鋭い杭で作られた柵が張り巡る村が見えてきた。入口の横にはガタイのいい男が座っている。門番だろう。あくびをしていたがこちらに気付き立ち上がる。…別に後ろめたい事はないがなんとなく荷台に身を隠す。ファーストコンタクトはジェフに任せる。




「おい、止まれ。なにモンだ?この村に何の用だ?」


 門番が渋い低めの声でこちらを誰何する。おれはスーっと頭を出し荷台から覗いてみる。男の風貌は明るい茶色の短髪、金属の胸当てを付け腰を見れば帯剣している。手も剣の柄に置き、油断のない姿勢だ。確認したらまたスーっと頭を隠す。


「こんにちは。私達親子は安住の地を求めて旅をしている者です。村が見えたので補給の為立ち寄った次第です。」


 ジェフが打ち合わせ通りに答える。今のところは順調だ。


「この間の魔人騒動の被害者か?しかし蘇龍山の方から来たな…この村から南は人族は住んでないはずだが…?とりあえず頭と口のやつを外して顔を見せろ。」


 やはりそうくるよね。想定内だが知らない情報が出てきてジェフがテンパり、目が左右に泳いでいる。仕方ない、プランBだ、おれはスッと枠に掴まり立ち上がる。


「おとうはおかおにけがしてみられたくない」


 フォローを入れジェフにパチリとアイコンタクトする。苦々しく外せの合図だ。ジェフの目が戻りそれらしくほっかむりとマスクを外す。こういう演技だけはうまい。


「お?坊主はもうしゃべれるのか?…よし、もういい、悪かったな。だが確認なしに村にいれるわけにもいかんのでな。後は荷物を見せてもらう。」


 チョロいもんだ。荷物も見られて困る様な物は何もない。ファーストミッションはコンプリートだ。おれとジェフはニヤリと笑い頷き合った。

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