隠された罠

 その日の夕食時、ジャックはずっと無言だった。近寄りがたい雰囲気に何か怒らせてしまったかと思い返せば……とんでもない事しかしていない。しかも修道院でちょっと看護の手伝いをした程度で何が医者だ。


(ローリー様ならこういう時「せくはら」とでも言うんでしょうね……)


 おじさんが若い女の子にベタベタする場面で使われていたけど、たぶん逆でも成立する。食後のデザートが出る頃、私は謝罪を口にした。


「あの、ごめんなさいジャック……さっきは嫌な思いさせて」

「何が? 治療だったんだろ」

「でも年下の小娘に偉そうな事言われて、足をベタベタ触られるのは不快だったんじゃないかしらって。終わってすぐに出て行っちゃうし」


 緊急事態だから押し切ったけども。あと「これは治療これは治療これは治療……」とひたすら自分に言い聞かせていたせいで、彼の心情を慮ってあげられなかったのもある。

 私の指摘にジャックは頬を赤くしたものの、気分を害した様子はなかった。視線が定まらなかったり、答えづらそうにはしていたが。


「ぶふっ! アハハハ、平気よぉ。御主人様はアリスちゃんの甲斐甲斐しいお世話のおかげで、とぉ~っても元気になったから。ねぇ?」

「ショコラ、さっきと言ってる事が違わない?」

「ゴホンッ、そんな事はどうでもいい。それより晩飯が済んだらお前らに聞いてほしい事があったんだ。πパイ、持ってきてくれ」


 心配だけど、元気ならいいか……と思っていたところにジャックの咳払いでこの話題は打ち切られ、パイがテーブルの上に見覚えのあるものを置く。

 それはジャックが毒を受ける原因になった銀細工の小箱だった。


「あのオルゴール! 危ないじゃない!!」

【現在は中身を分解して取り除きましたので、危険はありません。

当初、鑑定したところアイテム名は『銀のオルゴール』その後僅かな時間『ポイズントラップ』に変化しております】


 アイテム名が変わった!? 私がオルゴールに嵌め込まれていた金貨を抜き取った瞬間、罠が発動したと言っていたけれど。鑑定をすり抜けるなんてできるのかしら。


【むしろ鑑定魔法が使われる事を前提に仕掛けられていたのでしょう。残留する魔力から、金貨の下に同程度の大きさの魔法陣が描かれていたと推測します。マスターが受けた毒針や発射装置がなかった事から、使われた魔法は恐らく『ダーティーニードル』……】

「魔界でも上級悪魔が扱う魔法ね……となると、これを仕掛けたのは」

「セコいよね、自称・魔王様はっ!」


 パイの検証に、ショコラとタルトも憤慨する。が、そこで出てきた犯人にぎょっとする。言われてみれば、冒険者の中で一番乗りがジャックたちならば、それより先にいるとなるとダンジョンができた当初からいる者に限られてくる。まさか七十五階に自ら宝箱を置いていたとは思わなかったが。


「確かなの? 魔王直々にトラップを仕掛けるだなんて」

「大半の魔物は知能が低いし、人間がやるにしちゃ無駄が多いんだよな。それにしても、舐めた真似を……ここは一気にけりをつけた方がよさそうだ。πパイ、アリスのレベルはどうなってる?」

【現在は神官レベル42です】


 また上がってる! 騒いでいて気付きにくかったけど、強力な毒に対抗するために必死に祈った効果かしら? ジャックは頷くと、食堂に来て初めて真正面から私の目をじっと見つめた。思わずドキンと胸が高鳴る。


「そういう訳だから、明日からは攻略ペースを上げていくからな。ついてこれないようなら、ここで待機してもらうが、どうする?」


 魔王と対峙するのに最低限必要なレベルは50。今はまだ届かないけれど、私だってパーティーの一員だ。このままお荷物でいる気などなかった。


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