地獄の治療
「いでぇ――っ!! そんなぐりぐり押し付けんな! もっと優しく……」
傷口を消毒している間、ジャックは非常にうるさかった。脱衣所に顔を出したタルトが何をしているのか聞かれた時も「お医者さんごっこよ♪」などとショコラが言ったものだから、「ボクもまざるー!」とジャックを後ろから羽交い絞めにし……うん、地獄かなここは?
「まったく……毒ごと傷を抉り取るなんて言ってたくせに」
「魔法で治せば一瞬だったんだよ! 嫌がらせみたいにちまちまと、この鬼嫁……痛ぇっ!」
「だったら鬼嫁らしく消毒液を直接ぶっかけてあげましょうか?」
現在、旦那様になる人とは未だ会えず、立場だけが独り歩きしている私。鬼と呼びたいなら呼べばいい。ばい菌を甘く見るなとローリー様も常々言っていた……何だかんだであの人の影響力は大きい。
その後もヒイヒイ喚いていたジャックだったが、
「あんまり騒ぐなら、その口塞いであげましょぉか?」
とショコラに迫られてからはぴたりと治まった。もっとも、痛みが引いた訳ではなく、『解毒』のために傷口に触れると苦悶の表情を浮かべて唇を噛みしめていた。
「御主人、泣くほど辛いの?」
「違うわよぉ、心の汗ってやつでしょ?」
「いや、リアルで脂汗がすごいんだけど……ジャック、まだ痛む?」
頬を紅潮させて荒い息を吐く様子からして、熱が出てきたのかもしれない。タルトに持ってきた氷嚢を頭に載せるように頼み、少しでも楽になるよう傷付近を優しく擦った。
ジャックの足は剣士なだけあって鍛え上げられ、しなやかで固い。修道院で神聖魔法による治療を行ってきたとは言え、年の近い異性に触れるのは未知の経験だった。だからその辺りの事はなるべく考えないように、腹の出たおじさんの看病を思い出しながら無心で祈る。
――と、ここでジャックが突然ガタンと立ち上がり、男湯に向かい始めた。
「ちょっと、ジャック!? まだ終わってないわよ」
「毒ならもう消えた。これ以上は必要ない」
「でも、熱があるみたいなのに……」
「水でも浴びれば治まる」
(だからなんで力業で治そうとするの!?)
後を追おうとする私を引き留めたのは、ショコラだった。
「アリスちゃん、これ以上御主人様を追いつめないであげて」
「はぁ……?」
「痛いふりでもして気をやらないと、あのまま撫で回されてたら大変な事になってたところだから……うふ♪」
意味深に含み笑いをされるが、毒が回るより大変な事とは何なのか。とにかく今度こそ解毒が完了してよかった。
その後、念を入れて用意されたポーションを不機嫌そうに飲み干す様子から、やっぱり魔法薬の類は苦手のようなので、今度から甘いお菓子も一緒に出してあげるようパイに頼んでおこう。
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