医者のスイッチ

 解毒の続きを行うために亜空間屋敷に戻ってきた私たちは、脱衣所へ向かう。応接間ではソファが汚れるし、ジャックのベッドがある屋根裏部屋までは遠い。


「タルトはキッチンで氷を砕いて持ってきてくれる? パイはポーションがあれば持ってきて。なければ解熱剤の調合をお願い。ショコラは大至急、消毒液を用意して」


 即座に指示を出すと、私は長椅子にジャックを座らせた。体内にはまだ毒が残っている。神聖魔法で即効性は失われたものの、時間が経てば経つほど体は蝕まれていく。


「という訳で、今すぐズボン脱いで」

「はぁっ!? お前、こんな時にいきなり何だよ。嫁入り前の娘が男にズボン脱げとかそんな」


 真っ赤になって狼狽えるジャックだが、こんな時に何だはこっちのセリフだ。あと私は既に嫁入り後である。


「どの程度毒が回っているのか、直接見なきゃ分からないでしょ」

「うう、何が悲しくて女の前で下着姿に……」


 これが逆だったら泣きたいのも分かるけど。乙女か。


「ジャック、今の私は医者だと思いなさい。さっさと大人しく済ませた方が楽になれるでしょ? どうしても恥ずかしいなら、タオルでも巻いて天井の染みでも数えてて」

「なんでお前の方が平然としてるんだよ……リフォームしたばっかで染みなんてある訳ねえだろ」


 ちなみに修道院では修行の一環で病人や高齢者の介護も行っていた。見苦しいのを気にしているのなら、もっと汚いものを見たり触ったりが日常茶飯事だったので今更である。

 往生際の悪いジャックだったが、躊躇している間にも毒が回っていたのか、半ばやけくそでズボンを脱ぎ捨てて長椅子に腰を下ろす。それでもしっかり腰にタオルは巻いていたが。


「失礼するわね。見えにくいから広げといてくれない?」

「ちょ……っ」


 足の間に入り、傷付いた方の足が見えやすいように持ち上げると、椅子の上に載せる。絶句するジャックに構わずしゃがんで傷を間近で確認すると、さっきほど濃くはないがまだ紫色で、しかもじわじわと周りに広がってきている。


(傷を先に治してもいいんだけど、そうすると毒が体内に残ってしまうから、まずは完全に消さなきゃいけないのよね……せめて消毒だけでも)


「持ってきたわよ~♪ ……って、アンタたち何してんのぉ!?」

「うぉっ!?」

「ぐえっ」


 そこへショコラが消毒液を持って入ってきた瞬間、反射的にジャックが足を閉じたものだから、首が締まって変な声が出た。弾力のある固い肉の塊に勢いよく挟まれて、危うく落ちそうになる。


「ゴホッ、ゲホゲホ……殺す気!?」

「悪い、つい……脅かすなよショコラ!」

「驚いたのはこっちよぉ! 解毒するって聞いてたのに、まさか二人きりでこんな……あらアタシってば、いいトコ邪魔しちゃったかしらぁ」


 そう言われて自分たちの状況を顧みると、何だか物凄く誤解されても仕方がない気がしてきた。ズボンを脱がせて足を広げてその間に顔を……って!!

 ボッと顔から火が出そうになっていると、「今頃かよ」とジャックがぼそりと呟いた。


(だってスイッチ入れておかないと、余計な事ばっかり考えてしまうんだもの!!)


 ダンジョンにいた時から、彼の事を意識しないよう必死だった。迂闊にも罠に手を出してしまったのも、冷静なつもりでパニックを起こしていたのだろう。とは言え、これからやる事に変わりはない。


「勘違いしないで、ただの医療行為だから!」

「分かってる分かってる。どぉ~ぞ、お医者さんごっこを続けてちょうだい♪」


 絶対に分かっていないニュアンスで差し出された消毒液を、私は諦め半分で引っ手繰った。


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